2011年10月25日火曜日

オレオレを逃した


 電話が鳴って「はい」と出たら珍しくせがれからで、「オレだけど」と「いたずら電話とか無言電話はない?」とかもごもごいう。耳がよく聞こえないから、「そんなものはないよ」と、受話器を女房に渡してしまった。

 せがれが用事があるのは女房に決まっているし、ときどき聞き間違えては叱られているからでもあった。あとで聞いてみると、無言電話がやたらかかるので、携帯電話の番号を変えたということだった。「5万円もかかったんだって」「エー? ずいぶん高いな」

 翌朝、警察の委託を受けているという女の声の電話があって、○○高校の同窓会名簿をもとに、オレオレ詐欺が仕掛けられているからご注意を、ということだった。「オレにはかかってこないなぁ。楽しみにしてるんだが‥‥金がないとわかるのかなぁ」なんていってるうちに、話がおかしくなってきた。

 女房がせがれにメールをしたところ、「携帯なんか変えてない。電話もしてない」とわかったのだ。前夜の電話は新しい番号というのを知らせていて、「そっちからかけてみて」といわれて、女房は1回かけていたのだった。

 「オレオレ詐欺よ。声が違うなと思ったんだけど」。なんでも体調が悪くて、下痢が続いているといっていたので、疑わなかったらしい。

 そうか、もとはオレか。てっきりせがれだと思って、名前をいいながら受話器を渡していたから、女房もそのつもりだったと。案の定、そのあと何度か女房の携帯にはかかってきたのだが、素早い女房はその前に件の番号を「受信拒否」にしてしまっていたために、記録だけが残っていた。

 敵もしびれを切らしたのか、夕方には最初にかかった固定電話にかけてきて、なんとせがれの名前を名乗ったのだそうだ。女房はとぼけて「ハァー?」を連発したら、最後は「バカヤロー、このやろう」と切ってしまったという。いや惜しかった。

 耳さえちゃんと聞こえていれば、敵の誘いに乗って、かわいいせがれのために走り回る父親の役を演じてやろうと、日頃から手ぐすね引いて待っていたというのに。むろん、ちゃんと警察に手を回してである。携帯電話はリアルタイムで発信地がわかるから、面白い話になるぞーーなんていうシナリオも、ちゃんと声の聞き分けができてこそだ。

 それにしても、朝の電話の「警察の委託を受けて」というのも、ちょっと引っかかる。本物の可能性もあるらしいが、「オレオレの一味」とも考えられる。何しろ、最近のは手が込んでいるそうだから、「○○警察ですが」なんてのが現れたかもしれない。

 そうなると本物のお巡りさんを見慣れている私としては、ますます面白かったのに。う~残念。女房は「その耳じゃね」という。ごもっともである。

 その昔、取材で一度詐欺師をだましたことがある。そのときわかった詐欺師の最大の弱点は、自分がだまされるなんて夢にも思っていないことだった。これで見事にひっかけて、「詐欺師はいた!」という珍しい記事になった。

 カメラマンも離れたところから隠し撮りをして、といっても私をだまそうとしているのだから、詐欺は未遂だ。顔を出すわけにはいかない。しかし、カメラマンはさすがに腕達者だった。「カモがかかった」と上機嫌で去っていく詐欺師の後ろ姿をわざとブレブレに撮って、社会面のトップに仕立てたのだった。

 そうした古典的な詐欺師に較べたら、いまの「オレオレ」は何とも陰湿である。年寄りのなけなしの蓄えを、情け容赦もなく持っていく。被害はこのところ減ったが、かつては年百億単位だったのだから目を疑ってしまう。

 なんと善良で疑うことを知らない人が多いことか、と思うが、考えてみれば私も女房もそのとば口には引き込まれていたわけだ。こっちは金なんかないから気楽なものだが、これが1人暮らしのお年寄りだったりすると、引っかかるのかなぁと、あらためて考えこんでしまう。

 なればこそ、その「バカヤロー」のお兄ちゃんだけでも、ふん捕まえてみたかった。彼らだって、自分がだまされるなんて、夢にも思っていないに違いないのだから。敵が残していった電話番号は「080-4604-8369」。絶対にかけちゃいけませんよ。非通知設定か公衆電話以外は。

1 件のコメント:

  1. 「こちらはソフトバンクです。この電話は電波の届かないところにいるか、電源が入っていないためにかかりません」でした。

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