2010年10月3日日曜日

羊の国ニッポン


 中国政府の女性報道官の発表を見るといつも、「だれかが突っつかないかな」と思ってしまう。取りつく島がないというか、いつも自信たっぷりで何事にも動じない。だからこそ、ちょっとからかって見たくなる。

 尖閣諸島での漁船問題でも、「逮捕は不当、釣魚島は中国の領土だ」から始まって、フジタ社員3人の解放でも、残る1人は「なお調べが必要」と、異論は許さないといわんばかり。

 そこで、「尖閣は昔から日本の領土ですよ」「中国の教科書もそうなってた」「(1人を残したのは)報復ですか」「なにを調べてるんですか」くらいいってやりたくなる。彼らはアドリブには弱い。なにしろ、公式発表文は何十というハンコがついているのだそうで、臨機応変とはいかないそうだから、面白い表情が見られるかもしれない。

 あの手の国ではかつて、そういういたずらには危険が伴った。気に入らない記事を書いただけで、取材上のいやがらせは当たり前。町中でいきなりなぐられたり、自転車にぶつけられたり。さすがに近年はそういうことはないようだが、特派員たちは相変わらず波風を立てないようにしているらしい。

 しかし、フジタの社員が拘束された後、ようやく日本の領事が接見したときの記事はひどかった。彼らがどんな状態におかれているかだけで、肝心の彼らが何をしたのかが1行もなかった。

 この拘束が、尖閣での船長逮捕の報復なのかどうか(ことは明白だが)が当面の焦点で、フジタの側は「旧日本軍の遺棄兵器の関連調査」と目的ははっきりしているのだから、あとは彼らが現地でどんなドジを踏んだか、だけである。

 読者も政府もそこがいちばん知りたいことなのに、言及なし。領事が聞かなかったのか、聞いたけどいえないのか、どっちにしてもそう書くべきである。それがないのは、領事にただしてないということだ。各社の特派員が雁首そろえていながら、領事の説明をハイハイと聞いただけだったらしい。

 そもそもこの事件では、なによりも肝心の、漁船が巡視船に体当たりしているというビデオテープが消えてしまった。前原国交相(当時)が見て、「間違いない」といっていたのだが、それっきり。船長の取り調べの証拠として、那覇地検にいってしまったんだと。

 この手の映像は、まずはプレスに公表して、法手続きはそれから、というのが常識だ。海上保安庁だって出したかったはずだが、それが止まったのは、相手が中国漁船だからと、外務省あたりの入れ知恵に官房長官が(あるいは首相が)びびったとみていい。

 このテープ、いまになって公表するとかいっているが、中国が観光客を止め、レアアースを止め、温家宝が国連で吠えているときにぶつけなくては意味がない。必要なら地検に提出させる手続きを踏めばいいことだし、コピーがないはずはなかろう。

 この件では菅首相がただの木偶の坊になってしまった。自ら事件を指揮している風にはとても見えない。先の国会審議で、まだテープを見ていないことが明らかになったのには、あいた口がふさがらなかった。それでなくてもこのところ、首相は会見でもほとんど紙を読んでいる。かつて、野党の代表質問をペーパーなしてやってのけた菅直人はどこへいった? 参院選で消費税を口走ったのに懲りて、なますを吹いているのだろうか。

 そして話はやっぱりプレスに戻る。「テープを出せ」と声高にいうメディアがなかったのがどうしても気になる。社説などでお上品に「出すべきだ」というのはあった。そうではなくて、官邸や国交省の現場で、「何で出さないんだ」「そうだそうだ」と喚き立てる騒々しさが必要なのである。プレスとはそういうもの、ガラが悪いものなのだ。

 日本国中が、またアメリカもアジアの国々も見たがっていて、何より中国人に見せたいテープだ。ひとたび公開されれば、You Tubeに載って、国連総会の空気だって変えることができたかもしれない。その意味合いを、政府がわからなければ、突っついてやるのがメディアではないか。政府も従順、メディアも従順、日本はヒツジばかりということになる。

 いまの中国のありようをみていると、かつての日本陸軍を思い出す。力でごりごりと中国の支配地を広げていった、あの「世界の田舎者」の姿である。ただし、現代の田舎者はとてつもなくでかい。

 東シナ海から南シナ海へと中国が引いた第1列島線とやらは、大東亜共栄圏などよりももっと生々しい。南沙諸島(スプラトリー)なんて、フィリピンよりはるか南、もうボルネオの鼻先だ。これを中国領というのだから、日本陸軍も真っ青だろう。

 まあ、こんな国を相手にする以上、政府もそのつもりになってもらわないと困るが、メディアだって、従順な傍観者ではいられまい。もっとガラが悪く主張していい。

 別に政府の足を引っ張る必要はないが、まずは首相と官房長官にいってやれ。「下向いてペーパー読むのはやめなさい。中国は報道官ですら、記者団を睥睨しながらしゃべってるぞ」って。(文中敬称略)