2011年2月28日月曜日

世論調査の落とし穴


 「菅内閣支持率最低20%」「早く辞任を49%」——これが2月21日付けの朝日1面トップの見出しである。全国定例世論調査(19、20日電話)の結果で、まさに政権末期の様相を表していた。

 記事にも、「不支持62%で最高」「『早くやめてほしい』49%が『続けてほしい』30%を上回った」とある。まあ、現状からすればそんなものだろう。他のメディアの調査ではもっと悪い数字も出ていた。全体の傾向が一致していれば、間違いはないということだ。

 ただ、本文を読み進んで、質問でひっかかった。「菅さんに首相を続けてほしいか、早くやめてほしいか」との質問では‥‥とある。はて、こんな聞き方をされたらなんと答えるか。私でも考え込むだろう。まして一般有権者である。むりやりシロかクロかを、いやクロといわせてはいまいか。

 この調査レポートには、質問の文言と回答の数字を並べた一覧がなかった。世論調査ではこの一覧はきわめて重要で、とりわけ質問の言葉をじっくり読むと、調査の意図、想定している結果までをも読みとれることがある。

 むろん、それがわかるようでは調査としてはお粗末で、テレビには答えを誘導しているようなものもあるし、新聞でもキャンペーン関連などでは手前味噌があったりする。しかし、いやしくも内閣支持率である。そうした意図が出ないように、言葉選びには気を配るものではなかったか。

 ひっかかる質問はまだあって、「今後も民主党を中心にした政権が続いた方がよいか」と聞いて、「続いた方がよい」が前回よりダウンしたとあった。多くの有権者はろくに考えてもいないことに、むりやり答えを迫れば、質問自体が十分に否定的なのである。下がって当然だろう。

 調査は他に、解散の時期や小沢問題も聞いているから、その時々のトピックスを織り込むのは当然だとしても、最初の2つの質問は、あまりにも短兵急だ。しかも「早くやめて」と聞いたあとで、「やめたあとどうなると思うか」を聞いているわけでもない。

 つまり、無責任な答えでも何でも数字さえ出ればいい、と思われても仕方がなかろう。他の調査の詳細は知らない。が、調査のやり方はどこも同じ、有権者も同じだから、質問が意図的ならば、数字はさらに下がる。内閣支持率を、これらの質問の前で聞くかあとで聞くかでも違ってくる。だから、質問の一覧は必要なのである。

 いまや内閣支持率はすっかり日常化して、テレビのバラエティーでも出てくる。で、これを枕に「民主党の内紛」だの「統治能力」だのと話を展開する。新聞にもいい話なんか出てこない。そうした末に世論調査をやって、「また下がった」の繰り返し。ある意味自作自演ではないのかといいたくなるほどだ。

 しばらく前の朝日が、「地方議会はいらない?」というアンケートをやった。全国1797の自治体の議会に回答を求め、地方議会の驚くべき実態を浮き彫りにした、久々に見る全国紙ならではの、痛快な調査報道だった。

 例えば、この4年間で、首長提案「丸のみ」議会が50%、議員提案ゼロの「無提案」議会が91%、議員の賛否「非公開」議会が84%、いずれにもあてはまる「3ない」議会が3分の1‥‥などなど、地方自治とは名ばかりの実態がぞろりと並んだ。

 このアンケートは、回収率100%というのが目をひいた。珍しいことだ。「ははあ、議会事務局だけは真面目だったんだ」と思ったのだが、違った。しばらくあとに論説委員が裏話を書いていた。

 それによると、小さな自治体の回収率が悪いので、事務局に電話をかけたのだが反応はさっぱり。そこで議長に直接電話をかけ、「各地の議会批判が気にならないか」などと圧力をかけて、ようやくそろったというのだった。アンケート発送から30日だったという。

 あらためて思う。日本の民主主義は、こんなレベルなのである。国会議員といえども、選挙となれば地方選挙の票が土台だ。地方の意識が国会を支えている。近年、選挙については情勢がつかまえにくくなった。世論調査が浮動票を読み切れないからだ。しかし選挙以外では、世論調査はいぜんとして、民意をすくい上げる最良の手段である。

 だからこそ、慎重の上にも慎重であるべきなのだ。上の調査に話を戻すと、菅内閣が「続けるべし」「やめろ」との答えそれぞれに、「なぜか」と、いくつかの選択肢を示すべきだろう。そこではじめて、全体状況に目をやる有権者は多いはずだ。

 それによって、たとえとっさの判断でも、自分の答えを反すうすることになろう。それがより正しい民意になるのではないだろうか。そう考えると、先の設問はあまりにも乱暴だ。調査担当者までが、菅内閣を見限っているかのようである。

 どんな出し方であれ、いったん出た数字は一人歩きを始める。とくに内閣支持率は、ときに生臭い政局を左右する。そんなことは、担当者は百も承知。釈迦に説法ではあろうが、くれぐれも慣れは禁物である。

2011年2月24日木曜日

iPhone 騒動記


 iPhoneを手にして2ヶ月以上になるのだが、いまだに扱い方がよくわからない。まずはPCで「電話番号が変わりました」というお知らせを友人に出したら、何人かが返事をくれたり、伝言、メッセージをくれたのだが、これがまともに受けられない。

 ひとつは、電波だった。とにかく家の中まで電波が届かない。届かないと電話もメールもネットもつながらないから、諸々の設定すらできない。で、外へ出たときに伝言に気づいて、それを聞こうとしていると、相手にかかってしまう。いけねぇ、と切ってはまたかけるなんて繰り返し。

 電波については、文句をつけたら敵は慣れたもので、「アンテナをおつけします」という。だが、かなり待たないといけません、アンテナの需要が殺到していますと。なんだ、そういうことか。家人に聞いたら「ソフトバンクは電波がダメなのよ」。それで家族はみなauなのだそうだ。

 もひとつは、マニュアルがなかった。最近のアップルは、パソコンですら「ネットのヘルプを見なさい」ということになっている。ま、それは悪いことではない。前の携帯のマニュアルが200ページくらいもあって、バカじゃねぇかと、ほったらかした。使うのは電話とメールとカメラだから、それでよかった。

 ところがiPhoneは、メールアドレスの設定やらiTuneとの同期やら、もろもろを設定しないといけない。そのマニュアルはネットにあって、項目も膨大だから、パソコンでみるのだって大仕事だ。それをまた本体で設定しようとすると、電波がきていないときたもんだ。

 少しわかってみると、これはもう携帯電話ではない。アドレスが2つあって(この違い分けがいまだにわからない)、PCと同じアドレスも設定できる。これにいちいちパスワードが出てくるし、面倒だからとPCで設定したりしたので、一時は何が何だかわからなくなった。

 唯一初日からちゃんと機能したのがカメラである。こればかりはたいしたもので、とくにHDRという機能は、フィルムでも従来のデジカメでも絶対に撮れない絵が撮れるのだから、これにはいささか感動した。最新のデジカメにはみなついている機能らしいが、これで遊んでいると、本体の不自由への腹立ちもまぎれたものだった。

 アンテナがついたのは、1ヶ月半後。これが傑作だった。ソフトバンクから郵送で届いたものを、JCOMのラインにつなぐだけである。工事の人に「オレでもできるじゃないか」というと、「ひとつあるんです」という。

 コンセントのパネルをはずして、アンテナをケーブルで繋ぐ。家電量販店で、サンプルのカメラやら何やらにひもがついている、あれと同じだ。アンテナ本体は「貸与」なので、引っ越しや模様替えでなくならないように、だという。「ネジ1本なんですけどね」(笑)

 電波がやや不安定だが、まあ、これで形は整ったわけである。目下いちばんよくのぞいているのは、産経新聞だ。これは紙面の形そのままが読める。画面が小さいから拡大したりして面倒だが、「産経抄」だの「正論」だの、久しぶりに読めて、無料のサービス。

 PCでは二の足を踏んでいたツイッターも登録したので、asahi.comとネットニュースがひとつ。またPCのメールに同調してNYTが読めるから、フラッシュニュースには不自由しない。なかなか便利なものである。

 ほかにfacebookと最近ようやくmixiにも書き込めるようになった。mixiのつぶやきで「やっとつながった」と書いたら、「わからなかったの?」と冷やかされてしまった。しょうがねぇだろう、化石人間なんだから。

 そもそもSNSがよくわからない、エジプトの争乱はfacebookが主導したというが、エジプト人に知り合いはいないから、その関係が出てくることもない。見も知らぬ人の書き込みを、どうやってのぞくのかもわからないし、残り少ない年寄りにそんな時間はない。要するに「友達」の数が多くないと機能しない仕組み。どこを突っついても「友達をみつけよう」ばかりだ。

 mixiだってマイミク中心だから、他の人がどんな書き込みをしているかを見たことがない。ときどき、知らない人の書き込みがあったりするが、どうやってみつけたんだろうといぶかるばかりである。

 考えてみれば、iPhoneとかモバイルとかは、忙しい人たちが電車や車で移動しながら、あるいはお茶でも飲みながら操作するもの。毎日が日曜日で、ずっと家にいて、手を伸ばせばパソコンがあるという年寄りには、本来要らないものである。

 近頃は新聞記者がiPhoneで記事を書いて、写真を撮って、そのまま送稿するのだそうだ。とても使いこなせないが、必要なデータも iPhoneで集めてコピペもできるらしい。こんなものが昔あったら、どんなに便利だったかと思う反面、なくてよかったなとも思う。もう少し慣れたら、考えも変わるかも。

 先日、電池が切れたのでヨドバシで充電していたら、お年寄りの女性が、店員に付き添われて嬉しそうにiPhoneのアドレス・ダウンロードをやっていた。そう、そこまでは簡単なんですよ。電話とカメラはすぐに使えます。さあそこからが苦難の‥‥なんて、やっぱりいえなかった。

2011年2月19日土曜日

そのセリフ、どこかで聞いたような


 民主党がようやく小沢一郎氏の処分を決めたと思ったら、小沢チルドレン16人が会派離脱ときたもんだ。小沢氏も黙認していたというから、事実上倒閣運動の黒幕といっていい。鳩山前首相も「菅が民主党をめちゃめちゃにした」といってるとか。まったくいい気なもんだ。そんなことやってるときかよ。

 16人の離脱はルール上筋が通らないから、党は認めていないが、党が割れるかという事態は間違いない。ところが、本来なら勢いづくはずの野党の反応がいまひとつ。理由は、彼らの「小沢印」にあると産経が書いていた。「小沢さんが壊しムードにはいったかな」という声もある。

 とにかく菅首相の動きが鈍かった。官邸に小沢氏を呼ぶまでがうじうじ、離党勧告を蹴飛ばされてもうじうじ。そして出した処分が「裁判終了まで党員資格停止」という生温いものだった。辛口のメディアまでが、「早くしろ」といい始めていたほどだ。

 そのメディアの小沢報道もさすがに少し変わって、強制起訴後は素っ気なくなっていた。ところが小沢氏が妙にいい顔をした映像が、しきりにテレビに出る。なんだろうと思ったら、例の「ニコニコ動画」の会見だった。

 記者クラブ制度を目の敵にしているフリーのジャーナリストたち「自由報道協会」(仮)が設定したもので、新聞、テレビの記者が参加するには、記者クラブ自由化への賛同を迫られるのだそうだ。

 ここで小沢氏は、記者クラブを「いくら説明してもわかってくれない。報道もしてくれない」と大いに批判。主催者がまた「政局の質問はなし」としたために、嫌な質問も少なく、逆に、協会の記者がクラブを攻撃したりして、小沢氏も居心地が良かったらしい。

 起訴後の10日にも開かれて、こんどは「質問なし」「主催者がわかる形での報道」を条件にしたため、参加を見送った新聞もあったとか。小沢氏はまたまたいい気分でしゃべったという。

 これを見て、古い記者たちは既視感を抱いたに違いない。「わかってくれない」「言った通りに報道しない」は、「自民党幹事長・小沢一郎」のセリフである。手練手管の剛腕だし、身ぎれいではない印象があったから、彼の記事には多く解説がつく。それが気に入らないのだ。

 質問されるのが嫌い。言ったことだけ書け。余分なことを書く記者とは会見しない。これが小沢流だ。だから、永田町の記者たちとはいつもけんか腰だった。人相が悪いうえに仏頂面の写真ばかり。それでも通用したのは、彼が権力の中枢にいたからである。

 逆に、事情にうとく嫌な質問をしない外国メディアには、喜んで会う。記者たちはこれでまた、カチンときたものだった。時代が変わって、彼はネットという素晴らしいものを見つけたわけだ。質問は自制している。テレビだから、しゃべりはそのまま流れる。いい顔になるわけである。

 ひところ、小沢待望論を尻押ししていた若い小沢番記者たちは、自民幹事長時代を知らない。しかし、こうまであからさまに閉め出されては、さすがに思うところがあるのではないか。また、そろそろ気がついてもいいころである。

 小沢氏は、昔と何ら変わってはいないのだ。“黄門サマ”渡部恒三氏に聞いてみるがいい。「嫌なところへは行かない、嫌なヤツには会わないんだ」と教えてくれるだろう。いや、それだけじゃない。政治的なスタンス、ドブ板選挙、数の論理、金銭感覚、なーんにも変わっちゃいない。

 2大政党制(小選挙区制)を最初にいい出したのは小沢氏だったが、自民党にとって代わるまでに雌伏10何年。政権をとるやいなや、剛腕・小沢が復活していた。それが民主党のイメージを壊していたのだったが、若い政治記者たちには、違って映った。記憶がないというのは怖いものだ。

 フリーの記者たちにしても、こんな“蜜月”がいつまでも続くとは思っていまい。彼らもいずれは質問を始めるだろう。いい話より悪い話の方が多い人だ。いずれはぶつかる。そこで彼の本性が見えるはずである。すでに、きわどい質問には露骨に嫌な顔をしていたというから、まあ、時間の問題ではあろう。

 それよりも、民主党がすったもんだしているうちに、2大政党制の足元が揺さぶられているのは皮肉である。名古屋のトリプル選挙では、既成政党が吹っ飛んだ。政治家もメディアも結果を読めない中、有権者の方がさっさと答えを出してしまった。

 これが統一地方選や次の国政選挙にどう響いてくるか。民主党がどうなるか。決着がついたとき、誰の見通しが正しかったかは、興味あるクイズだ。結局国民の方が、嗅覚を働かすのではないか。本当に国民のために動く人間を探り当てるような気がする。

 パソコンに例えれば、国政を動かしているソフトは、ウインドウズ95あたりか。小沢氏のそれはもっと古いMS-DOSだろう。政権交代を体感した有権者のOSは、とっくにXになっている。

2011年2月11日金曜日

横綱のリテラシー


 大相撲の八百長問題で、横綱白鵬のコメントが波紋を投げている。「自身の八百長関与や見たり聞いたりしたことは?」との問いに、ニヤッと笑って、「ないということしか言えないじゃないですか」といったのだ。

 9日朝、八百長が表沙汰になってから初めての会見だった。が、これで「横綱は見聞きしていた」と断定するところはなかった。どう解釈していいか、とまどっているのがありあり。

 テレビはどこも、この問いと答えだけを流していたから、ニヤッという苦笑いも含めて、「みなさん、わかってるでしょう」という感じに見えた。「横綱自身」と聞けば、「ない」と答えただろうが、「見たり聞いたり」が入れば、「ない」とはいい切れまい。しかし、横綱として言うわけにはいかない。

 新聞はみな、答えが見出しになっていたが、記事のニュアンスは少しづつ違った。「語気を強めた」(朝日)、「歯切れが悪い」(毎日)、「言葉が噛み合ない場面があった」(共同)、読売は、放駒理事長やら協会幹部のコメントをつけた。理事長は「認めた力士がいるんだから」。特別委員会の委員は「言葉のハンデがあるから」

 確かにやり取りはかみあわなかったようで、「単語がわからないようで」とか「質問と答えがチグハグな場面が続いた」というのもあった。が、スポーツ紙は一問一答を載せてもいた。これを読むとかなりはっきりする。テレビのつまみ食いの危うさもわかった。

 以下は、日刊スポーツの一問一答(八百長部分の抜粋)である。
——八百長を見たり聞いたりしたことは?
白鵬 協会が一丸となって相撲があり、私自身もある。力士会で引き締めて、また精進していかないといけない。
——八百長、無気力相撲が問題となっているが‥‥
白鵬 無気力相撲と八百長を一緒にしてはいけない。体調不良もあるし、(関与した)力士自身の問題でもある。何とも言えない。
——アンケートには何と書いた?
白鵬 1人1人の考え方がある。一生懸命やっている力士に対して失礼だと思う。これから入ってくる若い力士もたくさんいる。
——繰り返すが自身の八百長関与や見聞きしたことは?
白鵬 ないということしか言えないじゃないですか

 多少テニオハを整えたりはあるのだろうが、なんとも立派な日本語である。とくに最初のやり取りは、見事なはぐらかしであって、国会議員でも通用しそうだ。これだけのことをいえる日本人がどれだけいるか。しかし、記者たちはチグハグととったらしい。

 3回も形を変えて同じ質問をぶつけられ、4回目にニヤッと笑ったのである。通して読めば、彼が完全に質問を理解し、十分に考えて答えを出しているのは明らかだ。

 しかも、最後にまだ「八百長をした力士を許せないか」と聞いた記者に、「どこのテレビですか」と聞いて、無言で立ち去っている。あきれたものである。リテラシーを問われているのは、記者の方ではないか。

 これが報じられた朝のワイド「朝ズバッ」(TBS)が、例の大麻で追放になったロシア人力士の元若の鵬の映像を流した。「八百長で金をもらった。先輩に、長く相撲やりたかったら、みなと一緒にやれといわれた」などと語っていた。

 たしかに彼は追放になったとき、「八百長」の話もしていた。そのときは、いわば「ひかれ者の小唄」で、だれも耳を傾けなかったのだが、今となってみると、ズバリ核心かもしれないではないか。

 ところが、相撲ジャーナリストの杉山邦博が、「大麻で追放された人の話なんか聞きたくない」という。さすがのみのもんたも絶句したが、やおら「でもまだ出てくるでしょう」というのに、「過去をむしかえしても不毛だ。前へ進まない」だと。

 びっくりした。まるで自分たちは関係ないといわんばかり。そのくせ、「ウミを出し切って‥‥」なんていってるんだから、あきれる。みんな口まで出かかってるんですよ。「あなた方、相撲記者だって、薄々気づいていたでしょうに」と。

 もし気づいていなかったとしたら、よほどのノーテンキだし、いざ「知っていたんでしょう?」と聞かれたときに、ニヤッと笑って「ないということしか言えないじゃないですか」と答えられるかな? リテラシーを問われてるのは、横綱だけじゃない。

2011年2月8日火曜日

だれのための「太平洋戦争」?


 テレビに突然、「太平洋戦争」という巨大な文字が出た。朝日新聞がDVDを出すというCMだった。みな動く映像だ。「真珠湾攻撃」「学徒出陣」「戦場で笑顔を見せる兵士たち」「沖縄戦で震えている子ども」‥‥そして「詳しくは今日の朝刊で」

 その1月31日の紙面は、別刷り4ページの広告だった。戦艦大和の見開き写真に、「貴重な実録映像集」「命を懸けた攻防のすべてが明らかになる」などなど。長い戦争のうち、満州事変からガダルカナルあたりまでの第一集全5巻だから、まだ二集以降がある。「総合監修・半藤一利」とある。

 しかし、その内容は「作戦内容から戦闘まで詳細に」「戦地での実態がありあり」「今こそ語り継ぎたい戦争の記憶」‥‥最後のページに「これが戦争の悲惨さです」というのが、なにやら付け足しのようなつくりだ。

 はて、これが朝日新聞かよ。まあ、朝日がやることだし、監修が半藤一利氏なら、押さえるところは押さえてあるだろう。しかし、紙面を見ているうちに、だんだん心配になってきた。

 この広告を見た人たちはおそらく、朝日新聞がもっていた映像を出してきた、と思うだろう。しかし、朝日にそんな動画なんかない。スチル写真ですら、米軍に渡してなるものかと、終戦直後にすべて廃棄してしまっている。これは同盟通信も読売報知も同じ。東京新聞は空襲で丸焼け。隠し通したのは毎日新聞だけである。

 DVDの記録を売るのに、こんなにも派手なテレビCMをやったことがあったか? だいいち、なぜいま太平洋戦争なんだ? 別刷りには、朝日購読者に記念特典付きというハガキがついていて、宛先はユーキャンだった。あらためて探すと、「朝日新聞」の題字下、「保存版・商品広告特集」の下に小さく、「ユーキャン」とあった。ああ、そういうことか。

 これを発案したのも、作ったのも、また解説やナレーションを書いたのも、戦争を知らない世代。映像だって、商業的にかき集めたものであろう。朝日はこの企画の中身にどこまでかかわっていたのだろうか。

 近現代史に限らず、歴史の理解は、どの本を読んだか、誰の話を聞いたかで、決まってしまう。ナマの映像にウソはない。が、解説の仕方ひとつであらぬ方へいってしまう可能性は常にある。ここでの頼りは、半藤一利氏たった1人ということか? 

 こうしたものを買う人たちは誰かを考えたとき、真っ先に浮かぶのは、九段の昭和館で戦争映像をみている人たちだ。昭和館は厚労省所管のアーカイブズである。戦争に限らず、昭和のあらゆるものがあるが、その5階に映像資料室がある。やや時代遅れのブラウン管の画像閲覧システムがあって、休日にはけっこうな数の人たちが利用している。

 私はスチル画像をよく利用する(無料で印刷物に載せられる)のだが、ほかにスチルを利用している人は見たことがない。みな動画だ。それとなく内容を見ていると、大方は支那事変から太平洋戦争あたりのニュース映画、米軍提供の戦場記録である。

 老人ばかりかと思うとそうではない、若い人もいるし、時には幼い子どもを連れた人もいる。個別のボックスで、音はイヤホンで聞くのだから、大部屋の中は静かなまま。だが、見ている映像が映像だ。それは異様な光景である。いったいどんな人たちなのだろうと、いつも思う。

 いうまでもなく、すぐお隣は靖国神社だ。遊就館の展示は、「自衛戦争」で塗り固められているが、驚くほど若者の数が多い。彼らはおそらく、展示物につけられた勇ましいキャプションを歴史だと思っているだろう。小林としのりが歴史だと。

 歴史は、何が書いてあるかよりも、「何が書かれてないか」が肝心だ。「書かない」ことで、危うい歴史観を再生産している人たちがいる。例の空自参謀長は、いまやすっかり有名人で、全国を講演して歩いてメシが食えているらしい。彼は戦争を知らない世代だ。聴衆の大部分もまたしかり。それらが何かを共有している様を思い浮かべると、やはり背筋が寒くなる。

 このDVDはそうした人たちが買うのだろうか。別刷り広告の見出しは、その筋の人たちに訴えるような、危ない表現があふれている。中身も見ずに乱暴は承知の上だが、見出しは中身を表す。言葉は怖い。同じ言葉が全く違う意味で語られるのをどれだけ見てきたことか。

 野坂昭如氏が何年か前の雑誌に、「もっと書いておくべきだった」と書いていた。あれだけ書いた男でもそう思うのである。それほど世の中「知らない人間」ばかりになってしまった。人口の3分の2が戦争を知らないのだ。

 まさか朝日が、そうした怪しげな歴史観の再生産に手を貸すなどと、思いたくはない。杞憂であればいい。半藤氏の名前がダシに使われていないことを祈るばかりである。

2011年2月2日水曜日

トレーニングが必要なのは?


 全豪オープンで、シャラポワやウォズニアッキが記者団に毒づいたという。一方評判のいいのがクルム伊達公子で、何を聞いても平然としていて、記者の1人は「メディア・トレーニングのたまもの」といったそうだ。

 「メディア・トレーニング」とは面白いいい方だ。確かに伊達の会見での受け答えは、日本人離れしている。かつてはメディア嫌いだったらしいが、一度引退してゼロからのスタートで、雑念がなくなったのか。「結婚生活は?」という嫌な質問にも平然と向き合う。なによりも自分の言葉で語っている。

 日本のスポーツ選手の言葉はとかく単調だ。一番多いのが「嬉しく思います」「がんばりますので、応援よろしくお願いします」というヤツだ。「嬉しく思います」は、いまやすっかり日本語になったが、初めて聞いた時は本当にびっくりした。

 もうずいぶん前である。オリンピックか何かで勝った選手がインタビューで口にした。これ日本語としては実に奇妙ないい方で、びっくりしたのも、天皇陛下かその昔の殿様しか使わない言葉だとばかり思っていたからだ。元は「(朕は)嬉しく思う」。それを「ですます」にしただけだ。

 が、「これは流行るかな」という予感もあった。案の定、それからは選手だけではない、一般人の常套句になってしまった。ただ「嬉しいです」「嬉しい」よりも、あらたまった気分になるらしい。

 「応援よろしく」もプロ野球のだれか、お調子者がお立ち台で発したのが最初だったと思う。そのときの雰囲気にぴたっときていたから、スタンドもものすごい反応だった。「プロ野球ニュース」かなんかで見たとき、これも「流行るな」と思った。またまた案の定だった。

 冒頭のシャラポワじゃないが、トップアスリートや人気芸能人には往々人間的にどうかというのがあって、それがまた、妙に口が達者だったりするとかわいげがない。多くはトレーニング不足である。朝青龍や沢尻エリカなんて、その口だろう。

 しかしトレーニングは確実に進んでいて、若い選手たちの多くは、けっこう滑らかにしゃべる。高校野球、スケート、マラソン‥‥かつては「ごっつぁんです」ばかりだった相撲まで。若いほど力も抜けていて自然だ。例の「チッ、せーな」のスノボの選手だって、転倒して顔から血を流しながらの受け答えは普通だった。彼は見事にレッスンを受けたのだ。

 これがイチローや斎藤佑樹、ゴルフの石川遼、横綱白鵬あたりになると、ちょっとできすぎ。いつもテレビカメラに追い回され、カメラが特別なものでなくなった時代の落とし子だ。むしろ、トレーニングが必要なのは、メディアの方じゃないかと思うことが少なくない。

 代表インタビューでさんざんしゃべらせた後で、「最後にファンにひと言」なんてのもそうだ。思わず「もう全部しゃべっちゃってるじゃないか」と選手や監督が気の毒になるが、みな何とか答えているから、そっちの方がたいしたものである。

 最近驚いたのは、市川海老蔵の例の暴行事件の会見だった。芸能記者が「その時の自分に声をかけるとすれば、何といいますか」と聞いた。一般紙の記者にはまずできない、何ともかったるい質問だが、海老蔵はしばらく考えて、「出かけるのはやめなさい」といった。

 ホントに驚いた。慣れているのか、大物なのか、多分その両方だろう。記者を見据える目といい、声の落ち着きといい、さすが役者だった。

 これにひきかえ、四六時中メディアに取り巻かれているというのに、トレーニングができていないのが、国会周辺だ。このところの民主党中枢からは、まともに見出しになる言葉が出てこない。大きく載るのは失言の類いや、政権をののしる小沢派や野党の言葉ばかりだ。

 これは聞く方にも問題があって、例えばさきの菅首相の「疎い」というヤツでも、その場で「疎いとはどういうことだ?」と聞き返さないから、半日もたってから、なんだ、なんだとなる。いわば双方バカ丸出し。

 強制起訴された小沢一郎の会見でも、「離党も議員辞職もしない。民主党議員でがんばる」といったのだから、「がんばって何をやるのか(菅の足を引っ張るのか?)」と、嫌みのひとつも投げないといけない。みんなハイハイと聞いているだけだから、あんな政治家ができてしまう。

 あの歳ではもうトレーニングは無理だろうが、取材側はまだ若い。本来はともに世代交代していくのだから、トレーニングは絶えず続けるものだ。そうして投げた質問と答えがぴたっときたときに、いい記事ができる。

 これで思い出すシーンがひとつある。85年のレーガン・ゴルバチョフ会談(ジュネーブ)でのテレビ中継だ。記者席からかなり離れたところを通り過ぎる両首脳に、1人の記者が何か叫んだ。寒い屋外だから普通なら無視して通り過ぎる状況だ。

 ところが、レーガン大統領が足を止めて振り向き、笑顔で答えたのである。いかに彼が抜群の役者だったとしても、ひと声で振り向かせるとは、たいしたものである。あの言葉は何だったのかと、いまでもときどき気になる。(文中敬称略)