2013年2月4日月曜日

警察の手のひらで踊る


 報道の展開が実に奇妙だった。スイス在住の資産家、霜見誠さん(51)夫妻が行方不明になっている、という噂みたいな話がテレビのワイドで流れた時には、もう警察はあらかたの捜査を終えていた。だからメディアによっては、第一報が遺体の発見と犯人1人の逮捕と同時、という珍しいことになった。 

 一昔前だったら、全く違ったはずである。捜索願が出た段階から、「こんな妙な話があるぜ」と話が漏れてきて、まずはテレビや週刊誌がああだこうだと大騒ぎ。新聞も取材は続けながらも、書くタイミングをさぐっていたに違いない。しかも捜査がこれほどすんなり進んだとは思えない。警察もメディアも手探り。古き良き時代である。 

 どういうことかというと、いまメディアは完全に警察の手のひらで踊っているにすぎないのだ。彼らは確定した筋書きしか出してこない。今回は捜索願からだから、警察は端からマイペースで動けた。捜査を終えて、犯人を特定して、逮捕状を取って、遺体を発見して、「さあもう書いてもいいよ」と。 

 だから、こんな込み入った奇妙な事件なのに、テレビも新聞も判で押したように同じ筋書き、同じような証言・映像を並べて、主犯の逮捕を待った。犯行の目的や動機、経緯はいずれわかると。案の定主犯の水産加工会社社長、渡辺剛(43)が自殺未遂でみつかって、一件落着。残るは哀れなイヌの行方くらいだ。 

 ある意味では、仕方がないともいえる。メディアが動ける場面はおそろしく限られているのである。いまの捜査には、昔なら考えられないような手だてがずらりと並んでいる。いちばんは防犯カメラだ。 

 被害者の夫妻がイヌを連れてマンションを出るところ。付近に停まっていた不審な車。その車は同じ日に、日光近くを走っていた。例の交通車両監視システムである。車の持ち主がわかる。被害者の関係から、容疑者が浮かぶ。彼らは偽名で宮古島便に乗っていた。そんなことがどうして? とにかくわかるのだ。 

 だから早い。昔ながらの聞き込みだけだったら、下手をすれば迷宮入りだったかもしれない。犯人は第三者に土地を買わせ、アナを掘らせ、車を買わせた。その車を使っての犯行‥‥昔ならほぼ完全犯罪である。まさかその車から足がつくとは思わなかったのだろう。 

 監視システムとデータの解析技術は、この数年で飛躍的に進歩した。昨秋の六本木の襲撃事件や通り魔に近い事件までが、防犯カメラから割れている。加えて、DNAがある‥‥今回は車の血痕で、たちまち被害者と特定されてしまった。どれひとつをとっても警察にしかできないことだ。 

 メディアは、警察が口を開かなければ、何もわからない。今回、漏れてきたのは全部終わったあと。犯人こそ捕まっていなかったが、被害者周辺、遺体の発見場所、不動産屋、みなご指定だ。だから、どのニュースを見ても同じ。自前で動かないから誤報も起らない。何とつまらない時代になったことよ。 

 気になるのは、警察の捜査がうまくいかなかったらどうなるかだ。神奈川県警が29日、川崎市内で女性を刺した容疑者の防犯カメラ映像を公開した。刺されたのは昨年10月だ。3ヶ月経って捜査が手詰まりになったのである。警察とはそういうもの。事件の翌日ならもっと効果がある、などとは考えない。 

 時効に終わった警察庁長官狙撃事件は、オウム真理教の犯行だと思い定めて、捜査の基本を踏み外したのがつまずきのもとだった。時間が経ってからでは、聞き込みは効かない。しかも、時効の会見でなお「オウムだ」といいはったばかりに、オウムの後身の教団に訴えられて負けたのは、つい何日か前だった。 

 いまなら防犯カメラがあちこちで助けてくれたかもしれない。都市部ではいまや、一般市民でも防犯カメラをよけて通るのは難しい。だが、その映像の公開ですら、警察がその気にならないといけない。メディアが取材に走り回る余地は、ますますなくなった。 

 09年5月、愛知県蟹江町で起った母子3人殺傷事件は、現場で警察官が犯人を目撃していながら取り逃がし、以来3年半の間、ニュースはゼロだった。昨年12月、別の事件のDNAから中国人の男(29)が逮捕された。つまり、警察がドジを踏んだら、それっきりなのである。 

 折から、国境なき記者団が発表した「報道の自由度ランキング」で、日本は昨年の22位から53 位に落ちた。福島原発事故取材で、政府と東電のカベを破れなかったことを、世界のメディアは見ていたのだった。 

 先頃朝日が書いていた。記者は現地へ入りたかった。それを上が止めたのだと。しかし止まっちゃったら同罪だろう。まして2年近く経って紙面に書くことかよ、といいたくなる。そのとき問題にしなかったことを、世界は指弾しているのだ。 

 嫌な連想だが、今の日本メディアの「ご用聞き」体質は、ひょっとしてこの辺りから出ているのではないか。警察が口を開いてくれるのをじっと待っている若い記者たち。彼らはやがて、官庁や財界、政界を担当するようになる。 

 ところが今の担当記者たちですら、十分に「ご用聞き」だ。すでに世代をまたいでしまっているということか? これは重大だぞ。