2012年6月23日土曜日

似てない似顔絵



 なまけていると、あっという間に日が経ってしまう。が、遅くなってもこれだけは書いておかないといけない。警視庁に遠慮してか、テレビも新聞もちゃんと書かないからだ。ほかでもない、地下鉄サリン事件の手配犯の最後の1人、高橋克也(54)の公開画像のことだ。 

 今回、警視庁は異例の早さで公開捜査に踏み切ったとされる。が、多くの場合、警察が公開捜査に切り替えるのは、手詰まりになってからである。記憶にある唯一の例外は、大阪のJR駅で起こった通り魔事件だ。あのときは、即刻防犯カメラの画像を公開して、半日も経たずに犯人の女が特定された。 

 今回も早かったとはいえ、公開までに、つまり警視庁が画像を入手して決断するまでに、丸1日近くがあった。もし即刻公開していれば、人の記憶はさらに鮮明で、もっと早く的確な情報が寄せられたと思う。 

 この件ではもうひとつ、どうにも理解できない不手際があった。次々と公開されたのはいいが、とても同一人物とは思えない何種類もの写真、映像、モンタージュがあったことである。

 17年もの間、交番やコンビニに貼ってあった手配写真が、現在の高橋とは似ても似つかぬものであったことは、捜査にかかって即座にわかったはずだ。だからだろう、真っ先に出てきたのが、信金とスーパーでの動く画像だった。メガネをかけたやせ顔の中年男で、手配写真とはまるで別人である。 

 ところが、これと並んで出てきたのが、会社に提出した証明写真で、これはまたふっくらとして、別人に見えた。さらに、警視庁が作ったモンタージュというのが出てきた。これがまあ、藤田嗣治みたいな芸術的筆致の、どれとも似ていない珍妙なものであった。少なくとも3つの異なる顔が並んだのである。 

 あきれたことに、メディアがまたこの3つをランダムに流した。発表の場で、「どれなんだ」と問い直しもしなかったらしい。まさにご用聞きである。警察はいってやらないとわからない。いえるのはメディアだけだというのに。 

 捜査の連中だって、三種類もの顔をもたされては、どうにもならなかっただろう。それがはっきり出たのが、逮捕につながったマンガ喫茶でのいきさつである。逮捕された15日の午後、日テレのワイド「ミヤネ屋」で宮根誠司が、直に電話で店員に聞いていた。 

 その朝、マンガ喫茶に来ていたという通報があって、蒲田署の捜査員が2人、客のリストを見せてくれといってきた。が、店員は、「似ている人がいま奥の席にいる」と告げた。捜査員はのぞいて顔を見たが、「似てない」という。そこへ高橋が現れてトイレに行き、清算をして出ていった。 

 捜査員はこれを見送っていたのである。姿が見えなくなってから、「職質かけるか」と1人が後を追った。これが逮捕となるのだが、店員は逮捕劇は見ていないと、そういう話だった。

 捜査員ですら、見極められなかったのである。逆に、この店員は「似ている」と直感した。その場にいた友人に話したが、「こんなところへ来るはずがない」ととりあわなかったそうだ。だが、店員はネットで検索して高橋の特徴を確認している。そこへ警察が来た。しかし彼らは「似ていない」とーーこれはまさに“マンガ”というしかない。 

 宮根はさらに、週末のフジ「Mr.サンデー」でもこのいきさつを取り上げていたが、ついぞ「似てない似顔絵」の話にはしなかった。警察の不手際を突っつくという発想がないのか。あるいは、とりあげるのが怖いのか。どっちにしても、「ご用聞き」にはできないことであろう。 

 警察はわかっているはずだ。「似てない似顔絵」は、大変な汚点である。とくにモンタージュだ。毎日顔をつき合わせていた何人もの証言から作り上げた最新の顔は、だれが見ても「アッ」と気づくものでなければならない。それが似ても似つかぬ顔だった。「警視庁の能力はそんな程度か」と、日本中の警察が笑っているだろう。 

 まあ、ミスはだれにでもある。が、それをチェックできるのが、メディアと警察の関係ではなかったのか。メディアはしかし、「捜査員だって困るだろうに」のひとことがいえない。どころか、3つの顔に、さらに似ていないとわかっている手配写真までを並べて報道していたのである。 

 わかってみれば、高橋は川崎駅を中心にした狭い範囲で、ネットカフェやマンガ喫茶で2週間を過ごしていた。メガネ屋でメガネも買っていた。ファミレスで食事もしていた。しかし、だれもその場では気づいていない。 

 この間に何千という情報が寄せられた。そのうちのかなりの部分が「似てない似顔絵」のモノだったはずだ。その一つひとつの確認に捜査員が走り回ったのである。走らされた方こそいい面の皮だ。 

 TBS「情報7daysニュースキャスター」でビートたけしが、「もし(高橋が職質に)違います、といったら?」といっていた。実にきわどい。あらためて、よく捕まったものだと思う。一目で「似ている」と直感した店員がいなかったら、まだ「似てない似顔絵」は、一人歩きをしていたかもしれない。