2011年6月1日水曜日

カオは見えたが‥‥


 ようやく「顔」が見えた。福島原発1号機への海水注入をめぐるすったもんだで、話の核心にいたのは、吉田昌郎・原発所長(執行役員)だった。事故から70日以上もの間原発を仕切っていながら、メディアに登場しない思議な存在だった。

 東電は26日、やや唐突に「3月12日夜の海水注入に中断はなかった」と発表した。21日の統合対策本部の発表で、「午後7時25分ころから約55分間中断した」としていたものだ。中断させたのは菅首相だった、との報道が出て、騒ぎになっていた。それが一転、中断自体がなかったという。

 東電の説明はこうだ。12日午後の水素爆発のあと、すでに海水注入を始めていたところへ、官邸にいた東電の連絡担当者から「総理の了解がえられていない。実施できない空気だ」という連絡が入った。東電は福島とテレビ会議を開き、あいまいに中止と決めた。が、吉田所長は自分の判断で継続していた、というのだ。

 その理由を、原子炉の安全を優先させたという。なぜいまになって?に、吉田氏は、IAEA調査団のヒアリングを考えて、「正しい事実」を話すことにしたのだという。調査団は翌27日、現地に入った。

 あきれた。まるで関東軍ではないか。参謀本部(東電本社)はおろか政府、国民も眼中にない。それよりIAEAだというわけだ。おそらく注水継続は正しい判断だったろう。むしろ、首相の「イラ菅」ぶりにうろうろした本社の方がおかしいのは確かだ。しかし、国会まで巻き込んだ大騒ぎにも平気でいる神経には恐れ入る。

 福島と本社との齟齬をうかがわせるものはいくつもあった。最初の段階での「ベント」するかどうか、3号機の爆発のあとのごたごた、いずれも菅首相が登場するのだが、カギを握るのは福島だった。そして東京消防庁の放水の最中、吉田所長は本社の指示を無視して外部電源の復旧に成功した。

 このとき吉田氏は、「本社は何もわかってない」「かまわん、無視しろ」で押し切ったという。現場だけがもつ危機感と使命感だろうが、「ど素人の雑音なんか」という傲慢さもすけて見える。

 彼はまた、世間が原発をどう見ているかも眼中にないらしい。出てくるのは原子炉の話ばかり(それが何より緊急なのはわかるが)。「原子力村」の常識なのか、放射能が隠れ蓑なのか、何百人という作業員が日々なにをしているのかも、原発の全体像も全く見せなかった。所内が壊滅状態に近いことがわかったのは、2ヶ月以上も経ってからである。

 これがどれだけ、東京が、国民が、あるいは世界がことを理解し知恵を働かせる妨げになったか。印象を悪くしたか。しかし、メディアの多くはこの点に無頓着だった。福島が関東軍でいられたのも、メディアにしつこさが足らなかったからだ。

 今度の一件で、カオが見えてきたのがもう1人いる。他ならぬ菅首相だ。「ベントしろ」といったのも、海水注入の指示も、首相だということになっていたのが怪しくなってきた。化けの皮がはがれてきたのである。

 あらためてメディアが取材し直した結果(というのが悲しいが)、当夜の首相は、独断専行、聞く耳を持たない、周囲を信用しない、やたらどなりちらす‥‥断片的にいわれていた全てが本当だった。

 もともと不思議だった。専門家がずらりといながら、一刻も早い注水を首相に進言しなかったのかと。しかし、みなが覚えているのは、「聞いてないぞ」などというどなり声ばかりだ。その剣幕に東電がおびえたのも、わからないでもないが、福島にしてみれば「つきあいきれない」ということであろう。

 わかってみると、原子力安全委の班目委員長の「再臨界」発言にしても、首相をとりつくろう辻褄を合わせの作文で、統合対策本部がドジを踏んだもののようである。首相本人は、何にも知らなかっただろう。周囲はまた、これでどなられていたに違いない。

 なまじ理系で、原子力の知識があったというのが、不幸だったようだ。原発事故のあと、首相の注意は原発にいってしまい、震災救援の方は、自衛隊出動以外は、国よりも地方やボランティアの動きの方が早かった。おまけに、理系の割には理詰めでない。出たがり屋で思いつきで動くから、行政は振り回されるばかりで動き出せない。これの連続である。

 ドービルのサミットで菅首相は、「主役」といわれてご機嫌だったようだ。が、目玉のスピーチでぶちあげた「太陽光発電推進」を、海江田経産相が「聞いてない」というのでびっくりだ。ただちに外通が伝えたはずだから、首相のカオが世界からもも見えただろう。まったく困ったことだ。

 今回の騒動の発端は、安倍元首相のメルマガだった。「海水注入を中断させたのは菅首相だ」と意図的である。経産省筋から自民党への情報だったらしい。何とも生臭いことだが、結果的に、首相を救ったのは福島原発の吉田所長だった。皮肉というより、もうマンガである。

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