2011年3月9日水曜日

日本人はバカになった?


 大学の入試問題を、こともあろうに試験会場からネットのサイトに投稿して答えを求めたとして、仙台の予備校生が逮捕された。厳しい監督の目をくぐってどうやったのかが注目されたが、わかってみると、あっけないことだった。

 携帯電話を股にはさんで左手だけで操作したのだと。エーッと思ったが、この年代には普通のことらしい。テレビが早速街頭で若者にやらせていたが、この予備校生より早いヤツがいた。とんでもない時代になったものだと、二重の驚きである。

 しかし、わかるまでが大変だった。新聞もテレビも、やれ写真撮影だ、文書読み取り機能だ、果てはスパイまがいのメガネにとりつけたカメラだの、共犯者がいるだろうとか何とか。携帯を使えなくする機器がある(音楽ホールや企業機密保持用)ことまで教えてもらった。

 はじめ、これがカンニングだとは信じられなかった。aicezuki という同じIDで、投稿した先がだれでものぞける「ヤフー知恵袋」という相談サイトだから、アクセスの証拠は必ず残る。同志社、立教、早稲田、京大の4大学の入試だけでなく、昨年末の予備校の模試でも、同じIDで同じように相談していた。

 京大の文系数学では、6問もの投稿だ。キーを打ったとしても、それだけで20分近くはかかるだろう(実際はもっとかかっていたらしい)。試験時間2時間の中でだ。しかも「教えてください。途中の計算式もお願いします」というのだから、そんなレベルの学力で京大を受ける方がどうかしている。

 どうみてもこれは、携帯おたくが何人か、ワザを競っていたずらをしかけたに違いないと推理した。予備校の模試は予行演習で、どうせ携帯の登録でも、オレオレ詐欺みたいに足がつかないものだろうと。

 ところが、警察が動き出したとたんに、ヤフーで携帯電話の個体識別番号が出て、NTTドコモで所有者が一発で割れてしまう。山形にいる母親の名義だった。「おいおい、こいつバカか。何を考えてんだ」

 大学の方はこれでホッとしただろう。はじめ「入試制度の根幹を揺るがす事態」なんて目尻をつりあげていたが、単なるカンニングならば昔からあることだし、それがとんでもない手ワザになっただけだ。ワザを使うかどうかは、本人次第。これも昔と変わらない。

 再発防止がどうとかいったところで、携帯の管理をきちんとして、監督の数を増やせばすむ。たいしたことじゃない。もしITおたくのいたずらだったりしたら、えらいことだった。むろんその可能性は今後もあるが‥‥。

 それよりも、この予備校生の単純さが気になる。大学センター試験で成績が思わしくなかったから、取りかえそうとしたというのだが、それは京大だけの話。京大でも、同志社、立教、早稲田でも、英語を「教えてください」と聞いていて、早稲田では合格していた。

 どんな受験生だって、自分の頭に詰め込んだものだけで勝負する。ところがこの男は、とにかく「教えてください」ばかり。予備校での成績は悪くなかったというのに、どういうことなのか。おまけに、足がつくことをまったく考えていない。とくに引っかかるのはここである。

 かつて、公共事業の裏に通じた情報源がいた。「国の金を食い物にするくらいおいしいものはない」と豪語していたワルだが、常々「いいことをする時はいい加減でいい。悪いことには、全知全能を傾ける」といっていたものだ。いい悪いは別として、だれもがもっている本能みたいなものだ。

 ところが、この予備校生にはそうしたものがかけらもない。犯罪現場に指紋をぺたぺた押して歩いたも同然だ。悪いという意識はあっただろう。が、その先がない。ひっかかるというのは、新聞にはそうした事例が、日々あふれているからである。

 つき合っている女性を殺しても平気でいる男。親を殺して道端に捨てる。死んだ親の年金を受け取り続ける子ども。防犯カメラだらけのスーパーで幼女をさらう‥‥いちばん疑われる立場にいながら、あるいは動かぬ証拠を残しながら、逃げもしない。そのくせ、警察が来るといきなり自殺したり‥‥。

 要するに、自分が捕まるなんて考えてもいない。前後の見境もなくその場かぎり。小学生でも考えるようなことに、思いが及ばない。何かが抜け落ちている。「日本人はバカになっちゃったのか」

 「ネットで調べられることは、無理に覚える必要はない」というのが、中高生の3割に上るという。たしかに歴史の年号や元素の周期律表なんかどうでもいい。が、何事によらず、全体状況だけは把握していないと、やがては調べ方すらわからなくなるだろう。

 この予備校生は多分その口である。たとえば数学なんて、計算ではなく考え方なのだから、問題の意味がわからないと絶対に解けない。彼はそれがわかっていなかった。そして、どうやらこれはネット世代に限らない。

 平和で、飢えもせず、身の危険もない。あふれ返る情報のなかで、自分だけの小さな世界しか見えていない。好奇心や驚きもなく、行き着く先は無関心。人間が本来持っている感情や本能までがおかしくなっているような‥‥。

 胸に手を当てれば、だれもが、思い当たるシーンのひとつや2つ、あるはずである。日本はいま、ここまできてしまった。

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