2011年9月8日木曜日

どじょう宰相の本当の顔は?


 野田佳彦・首相の誕生を、メディアは予想できなかった。そんな記事を読まされるのも情けない話だが、テレ朝に細川護煕・元首相が登場して、代表選前に小沢一郎氏と3人で会談したと明かしたのには驚いた。もしこれが事前にもれていたら、代表選の形勢は変わっていたかもしれない。 ここでもメディアは1本とられた。

 野田氏は代表選で、相田みつをの言葉を引いて自らを「どじょう」に例え、実直なイメージを定着させた。これも細川氏が前日の演説を「財務相演説だ。もっと人間味を出せ」と指摘したのを受けて、がらりと切り替えたのだという。しかも「どじょう」は、小沢氏側近の輿石東氏を幹事長に引き込む布石だった。こんな政治家、これまでいたか?

 演説のうまさは評判通りだ。間合いといい、言葉の確かさといい、例の小沢・鳩山・菅のトロイカとは段違いだ。ぶら下がり取材でも、嫌な質問にも平然。そのうち下手な質問には切り返しかねない。とても「どじょう」なんてもんじゃない。

 テレビを見ながら、本人がルックスを自慢していたという話を思い出した。多分国対委員長だったころ、フリーのジャーナリストに、「いま、こういう風に作っている。いいでしょう」といったというのだ。以前とはイメージを変えたらしい。

 それが今の姿そのまま。どうみても自民党のたたきあげ陣笠代議士だ。当時の代表がスマートな前原誠司氏だったから、いま思えば、それが「金魚とどじょう」だったのだろう。しかしこの見かけ、中身にもつながるらしい。

 政治家としての野田氏を、朝日新聞は「土着の保守政治家タイプ」と書いていた。県議時代から大臣になるまで24年間、船橋駅前で辻説法を続けてた泥臭さは、自民お得意のドブ板選挙も真っ青である。政治信条でも、A級戦犯について自民党に質問書を出すなど、確かに保守的だ。

 代表選出後は、真っ先に輿石幹事長を決め、次いで党執行部・閣僚・政務3役までの入念な派閥均衡人事。さらには政調会長の権限強化、事務次官会議の復活などで、党内の体制を固めた。唯一の誤算が、岡田克也氏の官房長官固辞だったが、実務型内閣には問題はなさそうだ。

 とくに驚くのは、細川氏が仲介した3者会談だ。ここで小沢票が来ないことはわかったはず。それでも勝ったときにどうするか。その時点から、敵である輿石氏を取り込む戦略を立てていたわけだから、これは相当なタマである。このあたり保守の老かいな政治家を思わせる。

 細川氏も「彼は保守ですよ」という。「安定・保守、こげつかないテフロン・フライパン」と面白いいい方をしていた。野田氏がはじめて国政に出たのが、細川氏の日本新党からだった。以来野田氏をずっと見てきて、政治的資質を高く評価しているといっていた。

 メディアは「未経験の大臣ばかり」なんて書いているが、政権交代2年で経験者がいるはずがなかろう。1人2人バカな大臣も出るだろうが、要は首相の舵取りの才であろう。閣内掌握、小沢派の動向、官僚との間合い、焦げ付きのタネはいくらでもあるが、それがテフロンフライパンということか。

 しばらく前、朝日新聞の「耕論」が、「松下政経塾に任せられるか」というのを組んだ。故松下幸之助の発想から32年で、いま国会議員38人、地方議員30人、首長10人だという。奇しくも野田氏をはじめ、政権の中枢に塾出身者がぞろぞろと並んだいま、読み返してみるといろいろ面白い。

 論者の1人、元松下政経塾頭の上甲晃さんは、「塾が、普通の若者と政治をつなぐ役割をはたしたのは確かだが、『かれらが首相になれば』とは、いまや誰もいいません」と現状を嘆いていたのだったが、首相になっちゃいましたね。

 早稲田・雄弁会出身の荒井広幸・参院議員は、「地盤・看板・かばんのない人間が、政治家になるルート、という点では似ているが、政経塾が司馬遼太郎的なら、雄弁会は藤沢周平的で草の根保守なんです」とうまいいい方をしていた。ん? これも話が違ってきたのでは?

 もう1人、自民党の派閥抗争が大好きだったというロック歌手の西寺郷太さんは、「徒手空拳で訴えた理想を見失い、そこそこ優秀な『規格品』になってしまった」と手厳しかった。だが、いまその「理想」と「規格品」との兼ね合いが問われることになった。

 すでに当選を重ねている議員を、政経塾だからどうというのもおかしなことだ。が、最後の西寺さんの問いは、今後も続くだろう。実際に塾出身の首相や閣僚が日本を動かし始めたのだから。

 政治家の才のひとつに、「見出しになる言葉」がある。小泉純一郎氏以降久しく、そんな言葉をはく政治家はいなかった。政治家の言葉は、ときに中身より明晰さ、わかりやすさである。だから見出しになる。どうやら野田氏にはそれがあるようだ。長年の辻立ちの成果であろう。

 震災復興、景気浮揚、財源、行政改革、増税‥‥実務をこなす中で、どれだけの「見出しの言葉」をはけるか。意外に「どじょう」が大化けするような、そんな予感がする。

 そしてもうひとつ、外交の場での言葉の重み。野田氏にとっては、国連総会と日米首脳会談が最初の場となる。外国メディアを含めた会見、これもひとつの見せ場だ。どんなことになるか。実はちょっと楽しみにしている。

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