2012年3月13日火曜日

北方領土は人間ごといただこう


 ロシアのプーチン首相の大統領返り咲きが決まった。その選挙直前に行った日欧メディアとの会見では、北方領土問題を「最終決着させたい」といった。柔道になぞらえて、落としどころを「ひきわけ」、交渉には「はじめ」と日本語でいった。日本メディアは、朝日新聞の若宮敬文主筆だけだったから、彼に真っ向からボールを投げてきたわけだ。実に面白い。

 日ロ関係は、2010年11月のメドベージェフ大統領の北方領土訪問に、当時の菅首相が「許しがたい暴挙」とやったために、おかしくなったままだ。次の大統領が、この問題に何らかの腹づもりをもっていることを明らかにしたのだから、日本側もそのつもりになってしかるべきだろう。

 若宮氏は「最悪の関係を元に戻そうとしているのは明らか」「ボタンをかけ直せ」と前向きに受け取っていた。野田首相もプーチン氏へのお祝いの電話で、この問題解決への期待を表明したという。むろん一方で「だまされるな」といった論調も相変わらずある。

 北方領土問題が動かないのは、主として日本側が原則論を繰り返すばかりだからだ。19世紀の条約を持ち出す。終戦直後の占領は不法である。従って4島へのロシアの主権は認めない。返還は4島であるべきだーー理屈はその通りである。

 しかし、現実感覚というものがない。返還されたあとどうするのかのビジョンもない。菅発言はそれを端的に表していた。本気で返してほしいのなら、あのいい方はない。外務省のいう通りに紙でも読んだのだろう。困ったものだ。

 そもそも大統領を辺境の北方領土まで来させてしまったのは、日本側のミスである。戦後60年の歳月を無視して、オウムのように同じことを繰り返しているだけでは、解決の意志なしとみされても仕方がない。

 現に、朝日の「プーチン会見」が出た後でも、関係者のなかには「4島返還の原則を譲るくらいなら、いまのままでいた方がいい」などという発言まであった。要するに筋を通せ、土地を返せというだけだ。本当に北方領土を必要としているのか、と聞きたくなる。

 むしろ、現地の方が冷静だったように見える。菅発言後のぎくしゃくの中で、ビザなし交流20回目になる昨年は、ロシア側は7回で、若い人たちは日本語を勉強していたとか。日本からは9回で、前原元外相もいた。報道陣は、例年より多くが入ったようだ。

 彼らは、建物の建設が進んだり、北朝鮮の労働者がいたなど、明らかに大統領訪問で動き出した現地を伝えた。そして異口同音に「道路が舗装されていた」と驚いていた。それまで舗装道路ひとつなかった、ロシアでもおそらく最も取り残された地である。

 しかしその地でロシア人はすでに、66年の歴史を持つ。ソ連の占領がいかに理不尽であれ、そこで生まれた人にはもう孫がいる。彼らにはかけがえのない故郷だ。ひるがえって、北方領土を「故郷だ」といえる日本人がいまどれだけいるか。この現実を見ずに、「不法占拠だ」「4島が筋だ」と100年叫んだところで、島が還って来るはずがない。

 その頃、朝日のモスクワ特派員が「現島民のことも考えて」と書いた。「実際にいま住んでいるのはロシア人だ。私たちと同じように、生活や人生、家族や仲間がある。大統領の訪問を『暴挙』と切り捨てるだけでは‥‥あんまりな気がする」

 カギのひとつは、宮沢政権が92年にエリツィン政権に伝えたメッセージだと、記者はいう。「北方領土に居住するロシア国民の人権、利益、希望は返還後も十分に尊重していく」というのがそれだ。これは人間の話。「2島だ」「4島だ」は土地の話である。人間の話に日本側がどこまで本気か、ここであろう。

 しばらく前の朝日新聞の投書欄にも、北方領土返還は「暮らす視点から」というのがあった。「日本には復帰のビジョンがない。ロシア人と日本人が共に暮らす形での解決が望ましい」といっていた。この問題で一般の人の意見は珍しいが、的は突いていた。

 一歩踏み込んで、島民に「あなた方はそのままでいいんですよ。在日朝鮮・韓国人と同じです」といったらどうだろう。彼らの生活も歴史もひっくるめて、引き受けますよと。さらに、4島の未来図を見せないといけない。どんな島にするのか。

 2島だっていい。日本人が入れば、彼らの「故郷」は変わる。辺境の地ではなくなる。しかも、ロシア人がロシア国籍のまま、日本の連絡船で釧路から札幌、東京に自由に行けるのだとしたら? あとの2島のロシア人はどう見るか。最後は、現に住んでいるロシア人が決めるだろう。

 プーチン首相がいった「ひきわけ」には、自ら手がけた大ウスリー島などの国境解決が頭にある。「あれだけ時間をかけてもひきわけ」といったらしい。かの地は、中ロ両国を結ぶいわばメインストリートである。利害もイーブンだろう。しかし、北方領土は違う。

 圧倒的に地の利は日本にある。ロシアである限り辺境の辺境だが、日本になれば釧路は目と鼻の先だ。ロシア人にとっても目と鼻である。むろん話は簡単ではないが、少なくともこれまでとは違うボールを投げ返さないと、ことは動かない。「ボタンのかけ直し」どころではない、発想の転換が必要になる。

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