2012年7月28日土曜日

愛しのストロンチウム


 文科省が、福島第1原発の事故で飛散したストロンチウム90を、福島、宮城以外の10都県で検出したと発表した。検出は当然だろう。問題はその数値である。一番汚染が高かったのが、茨城のひたちなか市という。友人が1人いる。まあ、気の毒なと思ったが、そのあとにあったひとことで安心した。

 朝日新聞の記事の前書きの最後にはこうあった。「これは大気圏内核実験が盛んだった1960年代に国内で観測された最大値の60分の1程度」。私のような70過ぎの人間には、これが一番読みたい部分なのだ。いや、60代、50代だって、知っておかないといけない。

 1960年代は冷戦の最中である。アメリカとソ連は大気圏内の核実験を競い、巻き散らされた核物質が地球を覆っていた。「ストロンチウム90」という名前もしばしば新聞に出た。が、当時は人体への影響を深く報ずるものはなかった。米ソが口をつぐんでいたからである。

 その結果、それと知らずに、世界中が高度の汚染の中に生きていた。福島のあと、日本を逃げ出したお金持ちもいたが、当時はたとえ知ったとしても、どこへも逃げる場所なんぞなかった。世界中がくまなく汚れていたのだから。

 私は20代前半で、大学で山登りをやっていた。北アルプスやらなにやら、3000㍍の山を駆け回っていた。当然、地上よりは濃度が高かろう。その中を、ただ歩くのではなくて登ったり下ったり、ハアハアと目一杯吸い込みながら動き回っていた。

 それからちょうど50年である。どれくらいかはわからないが、私の体に入ったストロンチウム90は、半減期でめでたく半分になったはずだ。この間に、ともにハアハアいっていた仲間たちはどうなったか。バタバタとガンになって死ぬこともなく、大方元気である。

 むろんガンで死んだのもいるが、日本人の平均以上ではあるまい。どころか、平均寿命はどんどん伸びている。まあ、いま60代は当時は10代、50代は幼児期だったから、成人だった私の年代より多少影響が強いかも知れない。が、結果を知るには、まだ10年20年かかる。

 だから、福島の事故のあと真っ先に知りたかったのは、この当時と比べてどの程度の汚染か、だった。しかし、書いている記者たちはずっと若い。50年前がとんでもない時代だったことも知らない。比較した記事も出ない。むしろ、「怖い」「怖い」が表に出ていた。

 被ばくを恐れて記者たちに、原発から30㌔以内立ち入り禁止の指令を出したメディアの幹部は、自分たちが50年前にたっぷりと吸収していたことも知らなかったか。「いまさら遅いんだよ」といってやりたくなったものだ。

 かろうじて、研究機関の汚染データに、当時との比較がちょろっと出たり、汚染の推移を表すグラフがあった。が、このグラフがまた、インチキだ。ケタが上がるごとに指標が10分の1の縮尺になっているので、見た目は一枚の紙に収まっているが、これを等倍に直したら、50年前の数値は天井を突き抜けるのである。

 今回のストロンチウムの記事で、はじめて等倍のグラフが出ていた。チェルノブイリですら小さな山だったので、「まあ、なんという時代だったのか」とあらためて驚いた。ストロンチウムに限らない。セシウムだってヨウ素だって、まんべんなく野に山に、いや世界中に降り積もったのである。

 そこで人はコメを作り麦や野菜を育て、牛や豚、鶏を飼って、何事もなかったように過ごしてきたのだ。これ以上壮大な人体実験はなかろう。あなたも私も、みんなストロンチウム仲間なのである。

 だから、いってやらないといけない。もしアメリカ人が、放射能の汚染を話題にしたら、「お前のじいさんは何てことをしてくれたのか」と。中国の観光客が、東北は怖いといったら、「日本よりも、北京や上海の方がゴビ砂漠に近いんだぜ」と教えてやれ。「雨の降り始めには気をつけろ」といったのは、中国の核実験のときだった。等倍のグラフも忘れずに見せてやろう。

 今回の発表には、「影響はまずない」という解説がついていた。細々した数字があったが、そんなものはどうでもいい。50年前とはケタが違うのだ。気の毒にも、ひたちなか市で一番高い値が出たが、これが最高のはずはない。地震と津波による機器の不具合で、福島と宮城のデータが採れていないからだ。

 その福島では、別の観測ですでにストロンチウム90は検出されている。ひたちなか市で60分の1ならば、原発近くの立ち入り禁止区域では20分の1か、10分の1か。こう考えれば、50年前はにわかに身近になってくる。

 しかしそれでも、「影響はまずない」となるのであろう。解説には言外に「じいさんどもがちゃんと生きてるじゃねぇか」という響きがある。くそったれめ。放射能の次に、高度の環境汚染の中育ったのは、40代のお前さんたちだ。これも進行中の人体実験である。ダイオキシンはストロンチウムより怖いぜ。

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