2009年8月9日日曜日

動画の進歩とは?


 ブログを作って、動画をひとつ載せようと思ったら、直接載せる方法がない。いくつかの動画サイトからしかアップできないようになっている。なるほど、動 画の容量は画像と較べてもけた違いに重いから、うまいこと、動画サイトのふんどしで相撲を取っているのだった。頭がいい。

 とにかくYou Tube にアカウントを開いて、動画を2つアップした。すると、You Tubeから「アップされた動画を広く見てもらうには‥‥云々」というメールがきて、あちこちつついていたら世界地図が出てきたりしてびっくりだ。「世界 中どこからでも見られる」のだと。

 こっちはブログに載りさえすればいいのだが、考えてみればいまや、デジカメはおろか携帯電話でも動画が撮れるんだから、面白いシーンが撮れた ら、見せたくもなろう。載せるのは無料となれば、集まるのは当然。それをまた生かして、新しいシステムができる。たいした知恵である。

 おまけに、首尾よくブログにはめこんだわが動画をつついて、再生されたと安心したところで、別の動画のサムネールがゾロゾロと現れる。試しにの ぞいてみると、たしかに世界中のありとあらゆる映像が出てくる。いつの間にか、You Tubeのど真ん中に見事引っぱり込まれているのだった。

 そんなものを見ると、ついつい昔こんなものがあったらなぁ、といささか複雑な気分になる。面白い話になりそうなシーンは、それこそ無数といって いいほどあった。しかし、20年30年前には、それらのスチル写真ですら現像・電送できればよし。できなければ、フィルムを封筒に入れて航空便で送ったも のだった。

 それを今の人たちは、はるか地球の裏側の光景でも、いとも簡単にリアルタイムで東京に届けてしまうし、動画サイトに載せれば、そのまま公開することになる。むろんフィルムもテープも要らない。なんともあっけらかんとしたものだ。

 そんな中、朝のワイドで、「若田光一さんの22年前、学生時代にテレビに出演した映像がありました。どんな番組だったでしょう」といっている。学生時代? 彼は何を専攻していた? なんて考えていると、なんと「琵琶湖の鳥人間コンテスト」だった。

 九州大チームが作ったグライダーを、尾翼を持って押し出していたのが、若き日の若田さん。このとき九大チーム機は109メートルを飛んで8位だったと。にしても、ちょっと見ただけでは若田さんとはわからない。いったいどうやって見つけ出したのか。
 
 この番組は前日にも、「高校生クイズグランプリ」で、後楽園球場だかどこだか、大勢の中にいる高校生の橋下徹くん(現大阪府知事)の姿を見つけ出していた。また、某美人アナが、まだ四国の高校2年生だった当時の映像なんてのもあった。

 テレビ局にこうした膨大な映像が眠っているのはわかる。しかし、名のある人ならいざしらず、無名の、それもその他大勢の中からどうやって? どう考えても不思議だし、ちょっと空恐ろしくもある。

 テレビカメラは、スイッチさえ入っていれば何でも写し込んでしまうから、写したのではなく写っちゃった映像というのがいくらもある。防犯カメラや例の「Nシステム」という交通監視もその口である。画像だけはどんどんたまる。

 ただ、これが何かものの役に立つのは、万に1つか、100万に1つか。ほしいものを探し出すのは簡単ではない。テープでもなんでも、何が写っているかを記録するのは昔もいまも人間の手書きなのだから、どう考えたって、若田くんや橋下くんまで記録できるはずがない。

 とはいえ、現実に見つけ出していて、ニュースや回想番組でも古い映像がじゃんじゃん出てくる。新しいシステムができたのだろう。テレビといえば まず、テープを持って(いまはDVDか)うろうろしているアシスタントの姿が浮かぶ方だから、ここでもまた、おいてけぼりである。

 この10年20年、動画で進歩したのは記録装置と伝達手段だ。これにCGが加わる。その相乗効果はたしかにすさまじいものだし、われわれはその成果を日々享受している。が、昔を知ってるからなのだろうか、ときに便利さをただ浪費しているように感じることがある。

 そこでまた、動く絵のすごさにぶち当たった。衛星放送の「チャップリンの黄金狂時代」、これが面白かった。子どものころの記憶には、靴を食べたり家が傾くシーンくらいしか残っていなかったが、そこには映像のもつ可能性のすべてがあった。80年以上も前の作品である。 
 
 映画を見ながら、映像を作る方がいったいどれほど進歩しただろうか、と考えてしまった。もしチャップリンにCGを持たせたら、いまの制作者たちは太刀打ちできるだろうか。

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