2011年11月20日日曜日

巨人内紛で見えたもの


 読売巨人軍の清武英利球団代表兼ゼネラル・マネージャーGMが、ナベツネこと渡辺恒雄球団会長を批判したのには驚いた。いわば飼い犬が手を噛んだわけだが、いつか誰かがやるだろうと、誰もがこの20年余思っていたことでもある。

 巨人とプロ野球界でのナベツネの専横は周知の事実だ。とにかく巨人のことだけ。いい選手がとれないとドラフトに枠をはめる。近鉄がなくなったときの冷たさ。他球団は眼中にない。さらには取材記者への柄の悪さは「老害」とまでいわれていた。新聞・テレビが大きく報道したのは当然だろう。

 ただ、情報の流れがこれまでと違った。11日午前9時、文科省の記者クラブにあった会見の予告を、メディアは一斉にネットで流し、ツイッターは「不祥事か?」といった予測も交えてふくれあがった。午後2時からの会見には100人もが詰めかけ、生中継した「ニコニコ動画」は28万人余が視聴した。新聞・テレビが伝える前に、これだけの数が中身を知っていたのである。

 夕方から各テレビ局がたっぷりと時間を割き、新聞も12日朝刊で大きく展開した。一番張り切ったのは産経で、1面、政治面、運動面から社会面まで6ページに関連記事が出た。まあ、ごくろうさまである。対照的に、日本テレビはちょこっと。当の読売は運動面にベタ記事で、「ヨミがどう書くか」と期待した向きはがっかりだった。

 一方のツイッターはほぼ「祭り」状態で、ほとんどが清武支持。「ナベツネ辞めろ」の大合唱で、読売の扱いに失望したという声も少なくなかった。これらメディアの伝え方までを克明に報じたのは、yahooやJcastといったネットのニュースサイトである。

 翌12日、渡辺会長が反論を出した。「事実誤認、名誉毀損、悪質なデマゴギー」と痛烈だった。清武会見は確かに、筋としておかしい。日本シリーズという時期も最悪だった。反論には説得力があって、これも大きく報じられた。

 スポーツ紙は、中日スポーツ以外は全紙が1面で、日本シリーズ第一戦が見事に吹っ飛んだ。まあ、前代未聞である。笑ったのが当の読売で、運動面の長~いベタ記事。最初がベタだったから、大きくしたくてもできない。さすがに清武代表を切った時は、1面だったが‥‥。

 いってみれば、巨人が勝てないことからきた、つまらぬ内紛なのだが、新聞・テレビが大きく報じたのは、ナベツネの専横はプロ野球だけではなかったからである。むしろ本業の新聞の世界で、彼の落とした影は大きい。

 彼の登場以来、在京6紙の論調は常に3:3ないしは4:2に割れる。日経があっちこっちするからだが、発行部数で一番の新聞のトップが、自民党政権と深く関わった影響は決して小さくはなかった。

 官邸から警視庁にいたる記者クラブの、権力監視という一枚看板が崩れ、メディア間の連帯が失われた。事件の現場に報道陣が押しかけるのは変わらないが、いま彼らの仲間意識は希薄だ。互いにかばい合う空気は全くない。

 ペルーの日本大使館がゲリラに占拠されたとき、テレビ朝日の記者がスキをついて中に入ったことがあった。出てきた記者はペルーの警察に身柄を拘束されたが、現場に何十人といた日本人記者は、何のアクションも起こさなかった。抗議の声明を出したのはペルーの記者たちだ。ニュースを見ていて心底恥ずかしかった。

 このときナベツネは「人質を危険にさらした」と非難し、これが世論になる。哀れテレ朝の記者は特ダネをほめられるどころか、内部で処分された。しかし、ゲリラはすでに一部記者を招き入れており、人質に危険なぞなかった。もしこれが読売の記者だったら、ナベツネは「何が悪い」と開き直っただろう。

 彼はまた、新聞協会での世論形勢にも力を発揮し、長く協会を左右した。むろん他紙の腰抜けぶりも非難されるべきだろうが、彼にそれだけの迫力があったことも事実である。しかし、これが30年近くも続いた結果、メディア全体の劣化の遠因になったと、私は思っている。

 彼は政局にも堂々と関わった。ロッキード事件で有罪となった佐藤孝行氏(故人)の入閣をメディアがこぞって攻撃したとき、仕組んだのがナベツネだとわかって、読売の政治記者は悲惨なことになった。政権交代後も、ことあるごとに彼の影がちらつく。

 ナベツネ本人は気がついてもいまいが、その結果は読売の紙面に表れている。在京6紙のなかで読売が一番面白くない。記者が自由な発想を抑えられたときどうなるか、の見本である。部数競争では勝った。ナベツネの魅力で優秀な人材も流れた。その結果がこれだ。恐ろしいものである。

 かつての読売はもっとやんちゃで元気があった。いま彼らは、主筆であるナベツネの枠の中でしか動けない。他紙の記者に「オレは書けないけど、がんばってくれ」と声をかけた、なんていう話が聞こえて来る。彼らの目に、清武造反がどう写ったか。

 巨人の内紛報道では、新聞もテレビも、情報の早さ奥行きでネットにかなわなかった。ネットのお陰で、新聞も変身を迫られている。福島以来メディアへの信頼も揺らいだ。老害も賞味期限切れが近いかもしれない。

 その時読売で何が起るか。今回は切られてしまったが、第2、第3の清武は出るのか、ちょっと楽しみではある。

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