2011年3月15日火曜日

テレビの前で原発レッスン


 偉い先生方が、繰り返しテレビで解説してくれると、福島第一原発の原子炉の仕組みをわかっちゃったような気になる。しかし、なんかおかしい。素人でもおかしいと思うのに、先生方が案外平気でいるのがわからない。

 その第一は、バックアップのジーゼル発電機が働かなかったことだ。自動停止した原子炉の冷却過程で必要な電源だという。冷却できないとどうなるかは、素人にだって見当がつく。

 詳細はわからないが、津波にやられたのが「想定外」だったという。しかしジーゼル発電機の造りはどれも似たり寄ったりだろう。つまりは、水没したとか燃料タンクが流されたとか、いってみれば単純な理由で動かなかったのだろう。ただ、バックアップのバックアップがなかった。町工場じゃあるまいし。

 冷却システムの電源というのなら、ほかの発電所からもってこられなかったのか。電気屋なんだから。さらにいえば、いっそ停止した原子炉を再起動させたら、すべてがうまく働いたのではないか。地震では無傷だったのだから。

 現場が何をやってるのかわからないままに、1号機の圧力容器(こんな言葉まで覚えちゃった)内の水位が下がった、逆に温度はどんどん上がって、内部の圧力が高くなる。それくらいは小学生にだってわかる。そしてとうとう燃料棒が顔を出してしまって溶け始めた(メルトダウン)ことがわかる。「圧を開放する」とかいってるときに、ドンと爆発した。

 この時の原子力安全保安局の発表がひどかった。爆発から2時間半も経っているのに、「詳細は確認中」ときたもんだ。そして住民の避難手続きだの安全だのばかりいっている。事実が知りたいのに、何のデータもない。つまりは東京電力が保安局に伝えてこない。しかも40分以上もの会見の間に、新しい情報がひとつも届かなかった。なめられたもんだ。

 また、記者たちのお行儀のいいこと。文句はいってるのだが、それだけだ。もしこれが30年前だったら、「保安局はなんのためにあるんだ」「すぐ東電を呼べ」とどなりまくっただろう。昔の記者は柄が悪かった。が、こんなときにおとなしい記者なんていらない。

 直後の官房長官の会見で、水素爆発だとわかった。格納容器の外で、吹っ飛んだのは建屋の天井と外壁だと。放射性物質の放出はなかったとする一方で、周辺住民の避難の指示が出された。あくまで、念のためみたいなことだったが、避難の過程で、被爆と汚染が確認された。どこから漏れたんだ?

 この水素爆発もわからない。炉心に水を注入すると、水の中の酸素が金属と反応するから、水素だけが残るという。しかしそれは圧力容器の中のはず。どうやって建屋のなかにまで出てきたんだ。学者先生も「どうしてでしょう?」。おいおい、

 1号機にはついに海水を注入することになった。多分おしゃかにすることになるらしいが、今日(14日)は3号機が爆発した。これも1号機同様に水の注入がうまくいかず、メルトダウンの兆候を示していた。こんどは東電が会見したが、これがまたひどいものだった。

 もう水素爆発はわかっているとして、まずはけが人が3人出ていて、救急車で搬送云々。つぎに「パラメーターがどうとか」と数字を並べて、ひとしきり安全を強調したあとで、「行方不明が7人出てます」と平然といってのけた。「エーッ」である。

 自衛隊員6人とプラントの作業員1人だという。救急車で運んだのは東電の社員2人と協力会社の1人。「こいつら、人間をなんだと思ってんだ」と柄悪くいったのは、テレビの前のわたしだけで、会見場の記者たちは、だれ1人これに噛み付くものはいなかった。

 さらに聞くと、水素爆発というのも、周辺の放射性物質の測定値が変わらないことからの推測で、まあ、それは正しいとしても、建屋の中の格納容器の状態というのも推測だった。つまり、だれも目で確認してはいないのだ。

 水が入るも入らないも、圧力を逃がすのもなにもかも、全ては安全な制御室からの遠隔操作。人間がワザを使ってどうこうできるものではない。これはおそろしいことだ。機器のソフトが狂ったら、また配管などにミスがあったら、どうにもならないではないか。過去の事故はみな、そんな話だった。

 現に、圧力容器内の水位を示すゲージは正しく動いてはいないらしい。水はもういっぱいのはずが、メーターはそうなっていないと。遠隔操作では、どっちが正しいのかすらわからないのだろう。

 原子炉が静かに冷えてくれれば、それからどうにでも対処できるだろうが、とうにメルトダウンの温度になってしまっている。官房長官は、「いま冷却作業を続行中」というが、それは東電の受け売りにすぎない。その東電は、かくも頼りないのだ。

 不明の7人は幸い軽症ですんだらしい。が、防衛大臣は、社長を呼びつけて「人命に無頓着な会社に協力できると思うか」と脅しあげてもいいくらいだ。傲慢と鈍感につける薬はない。ぶん殴るのが一番である。

 これはもう、次を考えておいた方がいいのではないか。といってる間に、今度は2号機がおかしいという。理屈は同じだからもう見当はつく。わずか4日のテレビ前の座学で、素人でも、これくらいはわかるようになった。

2011年3月12日土曜日

テレビはいらない?


 NHKの「クローズアップ現代」が10日、カベをひとつ踏み破った。急速に存在感を増しているインターネット放送に入り込み、放送後はプロデューサーらが「ニコニコ動画」のトークに加わった。タイトルが「テレビはいらない?」ときたもんだ。

 「果敢に」というよりむしろ、いつかはそうなる、といった方がいいかもしれない。「ニコニコ動画」や「Ustrem」の存在感は、すでに無視できないレベルにある。イベントの実況、ネットアーティストの活動、政治家や官庁の会見、さらに個人の放送だけでも57万人という。まさにⅠ億総放送局である。

 テレビの中継といえばこれまで、中継車、カメラ、照明、音声と大そうな仕掛けが必要だった。が、ネット放送は、小さなカメラとパソコン、あるいはスマートフォンだけでできてしまう。だから、お坊さんが説法をしたり、中学生が散歩の風景を流す、サラリーマンがその日の昼飯を見せる‥‥何でもありだ。

 25歳の女性の部屋にはテレビがなかった。「以前はそこにあったけど、見ないから捨てた」。見るのはもっぱらネットのアーティストである。パフォーマンスを見ながら書き込みをすると、「弾幕」といって、文言が画面にゾロゾロと出てくる。アーティストはそれを読みながら、映像と声でリアルタイムで答える。

 「ホントに身近で、これを見たらテレビが味気なくなる」。書き込みは、何万という数になるのだそうだ。ところがこの「弾幕」、画面の右から左へ流れていくのだが、読むスピードが遅くなっている年寄りにはとても追いきれない。完全に若者の世界である。

 民主党の小沢元代表が、昨年暮れから立て続けに出演している「ニコニコ動画」。テレビと違うのは、編集されないこと。嫌な質問がない、余計な論評がつかない。彼はこの3つが何より嫌いで、政治部記者が嫌いな理由でもある。これがないから、小沢氏はいつもニコニコ。20万人が視聴しているという。

 「クロ現」の女性プロデューサーは、番組終了後駆けつけた「ニコニコ動画」のスタジオで、このテーマに切り込んだ理由を「テレビは視聴者の空気感を知らない。それを実感できないか。また、テレビがこれからどうなるか、もあった」といっていた。

 彼女が到着すると「弾幕」は、「WWWW」「8888」(パチパチの意らしい)「美人熟女」「美人ですなー」「ちゅっちゅっ」‥‥てな具合だ。「クロ現」の番組中にも、「ネット放送はどうなると思うか?」と聞いたところ、たちどころに「ニコニコ」の視聴者から、「コラボすると思いますよ」と返事があった。

 いや驚いた。すごいの一言。とんでもない世界である。これで合点がいった。朝日新聞が昨年3月末から夕刊で続けている連載「メディア激変」は間もなく1年、10日が227回目だった。激変の核にあるのは、ネット・メディアだ。

 シリーズを一口で言うと、新聞、テレビ、出版‥‥あらゆる既存のメディアが、ネット社会とどう折り合いをつけるかの物語である。スタートはネット放送だった。それがなぜこんなに長々と続いたのか。メディアが多岐にわたるうえに、動きが世界と連動していておそろしく早いからである。

 例えば「電子書籍元年」というシリーズは、アマゾンだマックだグーグルだと「侵攻」を分析したが、その後のiPadの普及などで、半年も経たずに「電子書籍その後」をやらざるをえなかった。ぼやぼやしていたら、置いていかれる早さなのだ。

 といっても別に、浮き足立つことはない。一般の人の大半はネットなしで生活しているし、だからといって、大いに不利益をこうむるわけでもない。どうしても必要なニュースは、少し遅れで既存のメディアが流してくれるからだ。

 しかも、ゼロからニュースを拾い上げる能力では、依然として既存メディアは王様だ。ネットのニュースサイトだって、新聞・通信の配信なしでは成り立たない。ただ、既存メディアが「ニュースだ」と判断したもの以外にもニュースはある。これが、ネット・メディアの教えなのである。

 翌11日の東北・太平洋地震で、夜になって発生した気仙沼市の火災は、自衛隊のヘリが撮った映像が第一報だった。再三の津波で壊滅状態の地区だったから、市も状況がつかめない。そこで市は、わかった分をツイッターで発信した。

 するとNHKがこれを拾い上げて、速報で伝えていた。はからずも、前日の「クロ現」で視聴者が予言した「コラボ」が、立派に機能していたのだった。何というタイミングの良さ。

 新聞・通信もテレビも雑誌も、沢山の情報の中から伝えるべきものを選んで(編集)流してきた。それは今後も変わるまい。だが、ネット放送はまさに対極にある。選ぶのは視聴者だと。ツイッターしかり、facebookしかり。全く別のメディアだが、存在感と利用価値はますます高い。既婚メディアも踏み込まざるをえないところまできた。

 新しいものをどう取り込むかは、古い世代次第だ。人は常にそうして歴史を開いてきた。だがさて、今回はどう折り合いをつけるか。頭の切り替えに、少し時間がかかりそうである。

2011年3月9日水曜日

日本人はバカになった?


 大学の入試問題を、こともあろうに試験会場からネットのサイトに投稿して答えを求めたとして、仙台の予備校生が逮捕された。厳しい監督の目をくぐってどうやったのかが注目されたが、わかってみると、あっけないことだった。

 携帯電話を股にはさんで左手だけで操作したのだと。エーッと思ったが、この年代には普通のことらしい。テレビが早速街頭で若者にやらせていたが、この予備校生より早いヤツがいた。とんでもない時代になったものだと、二重の驚きである。

 しかし、わかるまでが大変だった。新聞もテレビも、やれ写真撮影だ、文書読み取り機能だ、果てはスパイまがいのメガネにとりつけたカメラだの、共犯者がいるだろうとか何とか。携帯を使えなくする機器がある(音楽ホールや企業機密保持用)ことまで教えてもらった。

 はじめ、これがカンニングだとは信じられなかった。aicezuki という同じIDで、投稿した先がだれでものぞける「ヤフー知恵袋」という相談サイトだから、アクセスの証拠は必ず残る。同志社、立教、早稲田、京大の4大学の入試だけでなく、昨年末の予備校の模試でも、同じIDで同じように相談していた。

 京大の文系数学では、6問もの投稿だ。キーを打ったとしても、それだけで20分近くはかかるだろう(実際はもっとかかっていたらしい)。試験時間2時間の中でだ。しかも「教えてください。途中の計算式もお願いします」というのだから、そんなレベルの学力で京大を受ける方がどうかしている。

 どうみてもこれは、携帯おたくが何人か、ワザを競っていたずらをしかけたに違いないと推理した。予備校の模試は予行演習で、どうせ携帯の登録でも、オレオレ詐欺みたいに足がつかないものだろうと。

 ところが、警察が動き出したとたんに、ヤフーで携帯電話の個体識別番号が出て、NTTドコモで所有者が一発で割れてしまう。山形にいる母親の名義だった。「おいおい、こいつバカか。何を考えてんだ」

 大学の方はこれでホッとしただろう。はじめ「入試制度の根幹を揺るがす事態」なんて目尻をつりあげていたが、単なるカンニングならば昔からあることだし、それがとんでもない手ワザになっただけだ。ワザを使うかどうかは、本人次第。これも昔と変わらない。

 再発防止がどうとかいったところで、携帯の管理をきちんとして、監督の数を増やせばすむ。たいしたことじゃない。もしITおたくのいたずらだったりしたら、えらいことだった。むろんその可能性は今後もあるが‥‥。

 それよりも、この予備校生の単純さが気になる。大学センター試験で成績が思わしくなかったから、取りかえそうとしたというのだが、それは京大だけの話。京大でも、同志社、立教、早稲田でも、英語を「教えてください」と聞いていて、早稲田では合格していた。

 どんな受験生だって、自分の頭に詰め込んだものだけで勝負する。ところがこの男は、とにかく「教えてください」ばかり。予備校での成績は悪くなかったというのに、どういうことなのか。おまけに、足がつくことをまったく考えていない。とくに引っかかるのはここである。

 かつて、公共事業の裏に通じた情報源がいた。「国の金を食い物にするくらいおいしいものはない」と豪語していたワルだが、常々「いいことをする時はいい加減でいい。悪いことには、全知全能を傾ける」といっていたものだ。いい悪いは別として、だれもがもっている本能みたいなものだ。

 ところが、この予備校生にはそうしたものがかけらもない。犯罪現場に指紋をぺたぺた押して歩いたも同然だ。悪いという意識はあっただろう。が、その先がない。ひっかかるというのは、新聞にはそうした事例が、日々あふれているからである。

 つき合っている女性を殺しても平気でいる男。親を殺して道端に捨てる。死んだ親の年金を受け取り続ける子ども。防犯カメラだらけのスーパーで幼女をさらう‥‥いちばん疑われる立場にいながら、あるいは動かぬ証拠を残しながら、逃げもしない。そのくせ、警察が来るといきなり自殺したり‥‥。

 要するに、自分が捕まるなんて考えてもいない。前後の見境もなくその場かぎり。小学生でも考えるようなことに、思いが及ばない。何かが抜け落ちている。「日本人はバカになっちゃったのか」

 「ネットで調べられることは、無理に覚える必要はない」というのが、中高生の3割に上るという。たしかに歴史の年号や元素の周期律表なんかどうでもいい。が、何事によらず、全体状況だけは把握していないと、やがては調べ方すらわからなくなるだろう。

 この予備校生は多分その口である。たとえば数学なんて、計算ではなく考え方なのだから、問題の意味がわからないと絶対に解けない。彼はそれがわかっていなかった。そして、どうやらこれはネット世代に限らない。

 平和で、飢えもせず、身の危険もない。あふれ返る情報のなかで、自分だけの小さな世界しか見えていない。好奇心や驚きもなく、行き着く先は無関心。人間が本来持っている感情や本能までがおかしくなっているような‥‥。

 胸に手を当てれば、だれもが、思い当たるシーンのひとつや2つ、あるはずである。日本はいま、ここまできてしまった。

2011年2月28日月曜日

世論調査の落とし穴


 「菅内閣支持率最低20%」「早く辞任を49%」——これが2月21日付けの朝日1面トップの見出しである。全国定例世論調査(19、20日電話)の結果で、まさに政権末期の様相を表していた。

 記事にも、「不支持62%で最高」「『早くやめてほしい』49%が『続けてほしい』30%を上回った」とある。まあ、現状からすればそんなものだろう。他のメディアの調査ではもっと悪い数字も出ていた。全体の傾向が一致していれば、間違いはないということだ。

 ただ、本文を読み進んで、質問でひっかかった。「菅さんに首相を続けてほしいか、早くやめてほしいか」との質問では‥‥とある。はて、こんな聞き方をされたらなんと答えるか。私でも考え込むだろう。まして一般有権者である。むりやりシロかクロかを、いやクロといわせてはいまいか。

 この調査レポートには、質問の文言と回答の数字を並べた一覧がなかった。世論調査ではこの一覧はきわめて重要で、とりわけ質問の言葉をじっくり読むと、調査の意図、想定している結果までをも読みとれることがある。

 むろん、それがわかるようでは調査としてはお粗末で、テレビには答えを誘導しているようなものもあるし、新聞でもキャンペーン関連などでは手前味噌があったりする。しかし、いやしくも内閣支持率である。そうした意図が出ないように、言葉選びには気を配るものではなかったか。

 ひっかかる質問はまだあって、「今後も民主党を中心にした政権が続いた方がよいか」と聞いて、「続いた方がよい」が前回よりダウンしたとあった。多くの有権者はろくに考えてもいないことに、むりやり答えを迫れば、質問自体が十分に否定的なのである。下がって当然だろう。

 調査は他に、解散の時期や小沢問題も聞いているから、その時々のトピックスを織り込むのは当然だとしても、最初の2つの質問は、あまりにも短兵急だ。しかも「早くやめて」と聞いたあとで、「やめたあとどうなると思うか」を聞いているわけでもない。

 つまり、無責任な答えでも何でも数字さえ出ればいい、と思われても仕方がなかろう。他の調査の詳細は知らない。が、調査のやり方はどこも同じ、有権者も同じだから、質問が意図的ならば、数字はさらに下がる。内閣支持率を、これらの質問の前で聞くかあとで聞くかでも違ってくる。だから、質問の一覧は必要なのである。

 いまや内閣支持率はすっかり日常化して、テレビのバラエティーでも出てくる。で、これを枕に「民主党の内紛」だの「統治能力」だのと話を展開する。新聞にもいい話なんか出てこない。そうした末に世論調査をやって、「また下がった」の繰り返し。ある意味自作自演ではないのかといいたくなるほどだ。

 しばらく前の朝日が、「地方議会はいらない?」というアンケートをやった。全国1797の自治体の議会に回答を求め、地方議会の驚くべき実態を浮き彫りにした、久々に見る全国紙ならではの、痛快な調査報道だった。

 例えば、この4年間で、首長提案「丸のみ」議会が50%、議員提案ゼロの「無提案」議会が91%、議員の賛否「非公開」議会が84%、いずれにもあてはまる「3ない」議会が3分の1‥‥などなど、地方自治とは名ばかりの実態がぞろりと並んだ。

 このアンケートは、回収率100%というのが目をひいた。珍しいことだ。「ははあ、議会事務局だけは真面目だったんだ」と思ったのだが、違った。しばらくあとに論説委員が裏話を書いていた。

 それによると、小さな自治体の回収率が悪いので、事務局に電話をかけたのだが反応はさっぱり。そこで議長に直接電話をかけ、「各地の議会批判が気にならないか」などと圧力をかけて、ようやくそろったというのだった。アンケート発送から30日だったという。

 あらためて思う。日本の民主主義は、こんなレベルなのである。国会議員といえども、選挙となれば地方選挙の票が土台だ。地方の意識が国会を支えている。近年、選挙については情勢がつかまえにくくなった。世論調査が浮動票を読み切れないからだ。しかし選挙以外では、世論調査はいぜんとして、民意をすくい上げる最良の手段である。

 だからこそ、慎重の上にも慎重であるべきなのだ。上の調査に話を戻すと、菅内閣が「続けるべし」「やめろ」との答えそれぞれに、「なぜか」と、いくつかの選択肢を示すべきだろう。そこではじめて、全体状況に目をやる有権者は多いはずだ。

 それによって、たとえとっさの判断でも、自分の答えを反すうすることになろう。それがより正しい民意になるのではないだろうか。そう考えると、先の設問はあまりにも乱暴だ。調査担当者までが、菅内閣を見限っているかのようである。

 どんな出し方であれ、いったん出た数字は一人歩きを始める。とくに内閣支持率は、ときに生臭い政局を左右する。そんなことは、担当者は百も承知。釈迦に説法ではあろうが、くれぐれも慣れは禁物である。

2011年2月24日木曜日

iPhone 騒動記


 iPhoneを手にして2ヶ月以上になるのだが、いまだに扱い方がよくわからない。まずはPCで「電話番号が変わりました」というお知らせを友人に出したら、何人かが返事をくれたり、伝言、メッセージをくれたのだが、これがまともに受けられない。

 ひとつは、電波だった。とにかく家の中まで電波が届かない。届かないと電話もメールもネットもつながらないから、諸々の設定すらできない。で、外へ出たときに伝言に気づいて、それを聞こうとしていると、相手にかかってしまう。いけねぇ、と切ってはまたかけるなんて繰り返し。

 電波については、文句をつけたら敵は慣れたもので、「アンテナをおつけします」という。だが、かなり待たないといけません、アンテナの需要が殺到していますと。なんだ、そういうことか。家人に聞いたら「ソフトバンクは電波がダメなのよ」。それで家族はみなauなのだそうだ。

 もひとつは、マニュアルがなかった。最近のアップルは、パソコンですら「ネットのヘルプを見なさい」ということになっている。ま、それは悪いことではない。前の携帯のマニュアルが200ページくらいもあって、バカじゃねぇかと、ほったらかした。使うのは電話とメールとカメラだから、それでよかった。

 ところがiPhoneは、メールアドレスの設定やらiTuneとの同期やら、もろもろを設定しないといけない。そのマニュアルはネットにあって、項目も膨大だから、パソコンでみるのだって大仕事だ。それをまた本体で設定しようとすると、電波がきていないときたもんだ。

 少しわかってみると、これはもう携帯電話ではない。アドレスが2つあって(この違い分けがいまだにわからない)、PCと同じアドレスも設定できる。これにいちいちパスワードが出てくるし、面倒だからとPCで設定したりしたので、一時は何が何だかわからなくなった。

 唯一初日からちゃんと機能したのがカメラである。こればかりはたいしたもので、とくにHDRという機能は、フィルムでも従来のデジカメでも絶対に撮れない絵が撮れるのだから、これにはいささか感動した。最新のデジカメにはみなついている機能らしいが、これで遊んでいると、本体の不自由への腹立ちもまぎれたものだった。

 アンテナがついたのは、1ヶ月半後。これが傑作だった。ソフトバンクから郵送で届いたものを、JCOMのラインにつなぐだけである。工事の人に「オレでもできるじゃないか」というと、「ひとつあるんです」という。

 コンセントのパネルをはずして、アンテナをケーブルで繋ぐ。家電量販店で、サンプルのカメラやら何やらにひもがついている、あれと同じだ。アンテナ本体は「貸与」なので、引っ越しや模様替えでなくならないように、だという。「ネジ1本なんですけどね」(笑)

 電波がやや不安定だが、まあ、これで形は整ったわけである。目下いちばんよくのぞいているのは、産経新聞だ。これは紙面の形そのままが読める。画面が小さいから拡大したりして面倒だが、「産経抄」だの「正論」だの、久しぶりに読めて、無料のサービス。

 PCでは二の足を踏んでいたツイッターも登録したので、asahi.comとネットニュースがひとつ。またPCのメールに同調してNYTが読めるから、フラッシュニュースには不自由しない。なかなか便利なものである。

 ほかにfacebookと最近ようやくmixiにも書き込めるようになった。mixiのつぶやきで「やっとつながった」と書いたら、「わからなかったの?」と冷やかされてしまった。しょうがねぇだろう、化石人間なんだから。

 そもそもSNSがよくわからない、エジプトの争乱はfacebookが主導したというが、エジプト人に知り合いはいないから、その関係が出てくることもない。見も知らぬ人の書き込みを、どうやってのぞくのかもわからないし、残り少ない年寄りにそんな時間はない。要するに「友達」の数が多くないと機能しない仕組み。どこを突っついても「友達をみつけよう」ばかりだ。

 mixiだってマイミク中心だから、他の人がどんな書き込みをしているかを見たことがない。ときどき、知らない人の書き込みがあったりするが、どうやってみつけたんだろうといぶかるばかりである。

 考えてみれば、iPhoneとかモバイルとかは、忙しい人たちが電車や車で移動しながら、あるいはお茶でも飲みながら操作するもの。毎日が日曜日で、ずっと家にいて、手を伸ばせばパソコンがあるという年寄りには、本来要らないものである。

 近頃は新聞記者がiPhoneで記事を書いて、写真を撮って、そのまま送稿するのだそうだ。とても使いこなせないが、必要なデータも iPhoneで集めてコピペもできるらしい。こんなものが昔あったら、どんなに便利だったかと思う反面、なくてよかったなとも思う。もう少し慣れたら、考えも変わるかも。

 先日、電池が切れたのでヨドバシで充電していたら、お年寄りの女性が、店員に付き添われて嬉しそうにiPhoneのアドレス・ダウンロードをやっていた。そう、そこまでは簡単なんですよ。電話とカメラはすぐに使えます。さあそこからが苦難の‥‥なんて、やっぱりいえなかった。

2011年2月19日土曜日

そのセリフ、どこかで聞いたような


 民主党がようやく小沢一郎氏の処分を決めたと思ったら、小沢チルドレン16人が会派離脱ときたもんだ。小沢氏も黙認していたというから、事実上倒閣運動の黒幕といっていい。鳩山前首相も「菅が民主党をめちゃめちゃにした」といってるとか。まったくいい気なもんだ。そんなことやってるときかよ。

 16人の離脱はルール上筋が通らないから、党は認めていないが、党が割れるかという事態は間違いない。ところが、本来なら勢いづくはずの野党の反応がいまひとつ。理由は、彼らの「小沢印」にあると産経が書いていた。「小沢さんが壊しムードにはいったかな」という声もある。

 とにかく菅首相の動きが鈍かった。官邸に小沢氏を呼ぶまでがうじうじ、離党勧告を蹴飛ばされてもうじうじ。そして出した処分が「裁判終了まで党員資格停止」という生温いものだった。辛口のメディアまでが、「早くしろ」といい始めていたほどだ。

 そのメディアの小沢報道もさすがに少し変わって、強制起訴後は素っ気なくなっていた。ところが小沢氏が妙にいい顔をした映像が、しきりにテレビに出る。なんだろうと思ったら、例の「ニコニコ動画」の会見だった。

 記者クラブ制度を目の敵にしているフリーのジャーナリストたち「自由報道協会」(仮)が設定したもので、新聞、テレビの記者が参加するには、記者クラブ自由化への賛同を迫られるのだそうだ。

 ここで小沢氏は、記者クラブを「いくら説明してもわかってくれない。報道もしてくれない」と大いに批判。主催者がまた「政局の質問はなし」としたために、嫌な質問も少なく、逆に、協会の記者がクラブを攻撃したりして、小沢氏も居心地が良かったらしい。

 起訴後の10日にも開かれて、こんどは「質問なし」「主催者がわかる形での報道」を条件にしたため、参加を見送った新聞もあったとか。小沢氏はまたまたいい気分でしゃべったという。

 これを見て、古い記者たちは既視感を抱いたに違いない。「わかってくれない」「言った通りに報道しない」は、「自民党幹事長・小沢一郎」のセリフである。手練手管の剛腕だし、身ぎれいではない印象があったから、彼の記事には多く解説がつく。それが気に入らないのだ。

 質問されるのが嫌い。言ったことだけ書け。余分なことを書く記者とは会見しない。これが小沢流だ。だから、永田町の記者たちとはいつもけんか腰だった。人相が悪いうえに仏頂面の写真ばかり。それでも通用したのは、彼が権力の中枢にいたからである。

 逆に、事情にうとく嫌な質問をしない外国メディアには、喜んで会う。記者たちはこれでまた、カチンときたものだった。時代が変わって、彼はネットという素晴らしいものを見つけたわけだ。質問は自制している。テレビだから、しゃべりはそのまま流れる。いい顔になるわけである。

 ひところ、小沢待望論を尻押ししていた若い小沢番記者たちは、自民幹事長時代を知らない。しかし、こうまであからさまに閉め出されては、さすがに思うところがあるのではないか。また、そろそろ気がついてもいいころである。

 小沢氏は、昔と何ら変わってはいないのだ。“黄門サマ”渡部恒三氏に聞いてみるがいい。「嫌なところへは行かない、嫌なヤツには会わないんだ」と教えてくれるだろう。いや、それだけじゃない。政治的なスタンス、ドブ板選挙、数の論理、金銭感覚、なーんにも変わっちゃいない。

 2大政党制(小選挙区制)を最初にいい出したのは小沢氏だったが、自民党にとって代わるまでに雌伏10何年。政権をとるやいなや、剛腕・小沢が復活していた。それが民主党のイメージを壊していたのだったが、若い政治記者たちには、違って映った。記憶がないというのは怖いものだ。

 フリーの記者たちにしても、こんな“蜜月”がいつまでも続くとは思っていまい。彼らもいずれは質問を始めるだろう。いい話より悪い話の方が多い人だ。いずれはぶつかる。そこで彼の本性が見えるはずである。すでに、きわどい質問には露骨に嫌な顔をしていたというから、まあ、時間の問題ではあろう。

 それよりも、民主党がすったもんだしているうちに、2大政党制の足元が揺さぶられているのは皮肉である。名古屋のトリプル選挙では、既成政党が吹っ飛んだ。政治家もメディアも結果を読めない中、有権者の方がさっさと答えを出してしまった。

 これが統一地方選や次の国政選挙にどう響いてくるか。民主党がどうなるか。決着がついたとき、誰の見通しが正しかったかは、興味あるクイズだ。結局国民の方が、嗅覚を働かすのではないか。本当に国民のために動く人間を探り当てるような気がする。

 パソコンに例えれば、国政を動かしているソフトは、ウインドウズ95あたりか。小沢氏のそれはもっと古いMS-DOSだろう。政権交代を体感した有権者のOSは、とっくにXになっている。

2011年2月11日金曜日

横綱のリテラシー


 大相撲の八百長問題で、横綱白鵬のコメントが波紋を投げている。「自身の八百長関与や見たり聞いたりしたことは?」との問いに、ニヤッと笑って、「ないということしか言えないじゃないですか」といったのだ。

 9日朝、八百長が表沙汰になってから初めての会見だった。が、これで「横綱は見聞きしていた」と断定するところはなかった。どう解釈していいか、とまどっているのがありあり。

 テレビはどこも、この問いと答えだけを流していたから、ニヤッという苦笑いも含めて、「みなさん、わかってるでしょう」という感じに見えた。「横綱自身」と聞けば、「ない」と答えただろうが、「見たり聞いたり」が入れば、「ない」とはいい切れまい。しかし、横綱として言うわけにはいかない。

 新聞はみな、答えが見出しになっていたが、記事のニュアンスは少しづつ違った。「語気を強めた」(朝日)、「歯切れが悪い」(毎日)、「言葉が噛み合ない場面があった」(共同)、読売は、放駒理事長やら協会幹部のコメントをつけた。理事長は「認めた力士がいるんだから」。特別委員会の委員は「言葉のハンデがあるから」

 確かにやり取りはかみあわなかったようで、「単語がわからないようで」とか「質問と答えがチグハグな場面が続いた」というのもあった。が、スポーツ紙は一問一答を載せてもいた。これを読むとかなりはっきりする。テレビのつまみ食いの危うさもわかった。

 以下は、日刊スポーツの一問一答(八百長部分の抜粋)である。
——八百長を見たり聞いたりしたことは?
白鵬 協会が一丸となって相撲があり、私自身もある。力士会で引き締めて、また精進していかないといけない。
——八百長、無気力相撲が問題となっているが‥‥
白鵬 無気力相撲と八百長を一緒にしてはいけない。体調不良もあるし、(関与した)力士自身の問題でもある。何とも言えない。
——アンケートには何と書いた?
白鵬 1人1人の考え方がある。一生懸命やっている力士に対して失礼だと思う。これから入ってくる若い力士もたくさんいる。
——繰り返すが自身の八百長関与や見聞きしたことは?
白鵬 ないということしか言えないじゃないですか

 多少テニオハを整えたりはあるのだろうが、なんとも立派な日本語である。とくに最初のやり取りは、見事なはぐらかしであって、国会議員でも通用しそうだ。これだけのことをいえる日本人がどれだけいるか。しかし、記者たちはチグハグととったらしい。

 3回も形を変えて同じ質問をぶつけられ、4回目にニヤッと笑ったのである。通して読めば、彼が完全に質問を理解し、十分に考えて答えを出しているのは明らかだ。

 しかも、最後にまだ「八百長をした力士を許せないか」と聞いた記者に、「どこのテレビですか」と聞いて、無言で立ち去っている。あきれたものである。リテラシーを問われているのは、記者の方ではないか。

 これが報じられた朝のワイド「朝ズバッ」(TBS)が、例の大麻で追放になったロシア人力士の元若の鵬の映像を流した。「八百長で金をもらった。先輩に、長く相撲やりたかったら、みなと一緒にやれといわれた」などと語っていた。

 たしかに彼は追放になったとき、「八百長」の話もしていた。そのときは、いわば「ひかれ者の小唄」で、だれも耳を傾けなかったのだが、今となってみると、ズバリ核心かもしれないではないか。

 ところが、相撲ジャーナリストの杉山邦博が、「大麻で追放された人の話なんか聞きたくない」という。さすがのみのもんたも絶句したが、やおら「でもまだ出てくるでしょう」というのに、「過去をむしかえしても不毛だ。前へ進まない」だと。

 びっくりした。まるで自分たちは関係ないといわんばかり。そのくせ、「ウミを出し切って‥‥」なんていってるんだから、あきれる。みんな口まで出かかってるんですよ。「あなた方、相撲記者だって、薄々気づいていたでしょうに」と。

 もし気づいていなかったとしたら、よほどのノーテンキだし、いざ「知っていたんでしょう?」と聞かれたときに、ニヤッと笑って「ないということしか言えないじゃないですか」と答えられるかな? リテラシーを問われてるのは、横綱だけじゃない。